まやかしの安心-2
「一人でイッちまうなんて、冷たいんじゃないか?」
知伽の息が整うのも待たず、勇一はその両足の間に身体を滑り込ませた。
「痛いのは始めだけだ。我慢しろよ」
聞こえてはいても、どこか遠い世界の音のように感じて、知伽はその声を理解してはいなかったが、快感の残る下半身に硬いモノが圧迫するのを感じ、我に帰る。
「っく!!」
来るであろう痛みに身体を強張らせるが、勇一の口づけで力が抜ける。一度イったせいで、舌を絡められるだけで身体が疼く。
口が開いた瞬間、勇一の熱の塊が愛液を押しのけて挿入された。ずぷりという音と同時に、激しい痛みが全身を襲う。
「うくっ!!ん、あああっ!?」
粘り気を帯びた液体に、赤いものが混じる。しかし、ゆっくりと動き始める勇一の腰に合わせて、知伽の腰も快楽を求めて動き出す。いつの間にか、痛みより快楽が激しく全身を駆け巡っていた。
「勇一さあああん!!」
軽くイった知伽を許すことなく、勇一は動き続ける。狭い穴倉の中で、勇一自身もますます充血し、肥大する。襞が傘を絡めとり、込み上げてくるものを感じた。
「出すぞ!知伽!」
「ああああっ!勇一さんっ!!」
白く濃い液体が知伽の中で爆発した。収まりきらなかった熱水は結合部分から溢れ出し、シーツを汚した。
時計を見ると、夕飯の時間だった。
「そろそろ帰って来るな……」
虚ろなままの知伽の唇を舐めるように吸うと、勇一は何事もなかったかのようにシャツを整え、立ち上がる。
「あの……」
乱れた衣服の中で、起き上がれないまま知伽は、後ろ姿の勇一に声を掛けた。
「お母さんには内緒にしておいてね……お父さん」
「当たり前だろ」
勇一は、下卑た笑顔を向けて答えた。
「知伽、何やってるの。遅いから冷めちゃったじゃない」
「あ…ごめん、お母さん」
風呂上りの知伽と目が合うと、勇一は意味ありげな笑みを浮かべて見せる。知伽は慌てて目を逸らした。
「ど、どこに行ってたのお母さん?」
詰まりながらも、何とか話をしようと言葉を紡ぎだすが、どうしても声が上ずってしまう。
「どこって、パートに行っていたんじゃない」
「あ、そうだったね」
居心地の悪さを感じた知伽は、電話の音に救われたように小走りで食卓を去った。
受話器をとると、母への電話だった。慌しく駆けて来た母親に受話器を渡し、食卓へ戻るが、さらに気まずいことに勇一と二人きりになることになった。今更逃げ出すわけにも行かず、激しく高鳴る動悸を抑えて勇一の向かいの席につく。
勇一は、何事もなかったかのように味噌汁をすするが、母親の裕美子が帰って来なさそうだと察すると、小声で知伽の名を呼んだ。
びくっと身体を震わせ、知伽は顔を上げる。
「普通にしろよ。それとも見せ付けたいのか?」
知伽は激しく首を横に振った。
「ごめんなさい」
「よろしい」
冗談交じりに父親らしく答える勇一に、知伽はようやく笑顔を見せた。
「ああもう、食事中にまで仕事の話なんて、勘弁して欲しいわ」
前髪をかき上げながら、うんざりとした口調で裕美子ははき捨てた。
「何?トラブルでもあったのか?」
「違うわよ、明日もシフトに入れって」
「へえ、大変だな」
そう答える勇一の声色には、明らかに違う何かが混じっていた。知伽は頬を赤らめたが、裕美子がそれに気付くはずもない。人見知りが激しく、お父さん子だった知伽がなかなか勇一に懐かないのを知っていたし、わざわざ懐かせようともしていなかったからだ。
これで終わりではないことに、知伽は気付いていた。道徳に反する、理性ではそう訴えていたが、心のどこかであの快楽を再び求めている自分も感じていた。
「知伽、何ぼっとしてんの!」
親友の恵の声で、授業が終わったことにようやく気付く。
「あんた日直じゃなかった?」
「あ、そうだっ!」
慌てて立ち上がるが、すでに同じく日直の神埼徹が黒板を消し始めている。
「ごめんね神崎君!」
「ああ、いいよ」
素っ気無く答えて、徹は再び黒板に向き直った。
知伽ももう一つの黒板消しを手にして背伸びするが、一番上までは届かない。
「ううう〜っ」
「何やってんだよ」
徹は笑いながら、知伽の後ろから覆いかぶさるように手を伸ばす。
その影に、勇一の体温を思い出し、知伽は顔を赤らめた。
「おい、三枝、いつまで黒板に張り付いてるんだ?」
未だ残る下半身の異物感のせいで、知伽は昨日の出来事を頭から払いのけることが出
来ないでいた。