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返せなかった赤い傘
【家族 その他小説】

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返せなかった赤い傘:前編-1

【返せなかった赤い傘】


俺は何となく街をふらついていた。


何も求めずに、ただただ人々の流れに沿って、陸の魚達がの群がるこの街をさまよっていた。途中の横断歩道で、信号が点滅し、赤になった。車が走る前に、俺は走って向こう側に渡った。
走る勢いで人にぶつかって倒れた。それでも俺はすぐに起き上がり、また走った。


「…こんなに走っても息を切らさない。人とぶつかっても、それほど痛みを感じない。…なのに、なのに何だ!この心の痛みは!」


横断歩道を渡ったすぐそこのゲームセンターのベンチに手をついて、俺は嘆いた。



なんで、俺だけ…


なんで、俺だけこんな目に…


ずっと手に持って、クシャクシャになった紙切れの中身が俺は恐くて悲しくて仕方がなかった。


そう、俺は…HIVというウイルスに感染していたのだ。


俺は去年、興味本意で昔の仲間達と薬物を腕に打ち、気付いた頃には…
きっと仲間達も同じ病気にかかっているだろう。そう思って、そいつらに検査を受けさせて…俺だけが…黒だった。


この病気はどんなヤツかというと、免疫と呼ばれる病原菌を退治する体の機能が停止する。いわば公定免疫不全症候群ってヤツだ。それに…俺が…。


家に帰って紅茶を飲んでいると、藍色の軽自動車が家に止まった。おそらく別居中の妻の車だろう。するとすぐにインターホンの音が家中に響いた。


やはり妻だった。


俺がドアを開けると、息子の周市が嬉しそうに土足で家にあがりこんだ。


「コラ、周市!靴くらいちゃんと脱ぎなさい!」


「まぁいいじゃないか、紗耶香。せっかく来たんだから…。ところで今日は…」


「今日はあなたとゆっくり話そうと思ってきたの。あ、周市まで連れてきちゃってゴメンね。あの子この家にぬいぐるみを忘れて来たってしつこく言うんだから…」


「いいさ、久しぶりに周市の顔が見れて俺は嬉しいよ」


俺は無理して平気な顔で言った。さっきまで泣いていたのに…。


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