返せなかった赤い傘:前編-3
「また、ママと一緒にいてくれないか?俺は仕事がこれから忙しくなってお前にメシを食わせる時間すら無いかもしれないんだ」
周市は迷わなかった。
「うん、僕北海道に行く!だってママは寂しがり屋なんだもん。僕がいなきゃね」
そう言いながらも、周市の瞳はうるんでいた。こんな小さな子供なのに、今の俺なんかより、ずっとずっと我慢強く優しい子なんだな。俺は嬉しいと同時に周市に申し訳ないと思って仕方なかった。
「そんな大事な事、勝手に決めないでよ。…もぅ、分かったわよ。あ、私ね、年が明けてから、すぐにあっちに行かなきゃならないの。まだ夏だからさ、それまでの間、また同居しない?」
「えっ……。」
俺は戸惑った。もし、今同居したら病気の事がバレてしまう…。しかし、いつかは話さなければならない。妻に話しておくべきなのか?それとも同居は断るべきなのか…。
「それについては、考えておくよ…」
結局、今の俺にはこういう方法しか思い付かなかった。こんな自分はなんて情けない男なんだろう俺はとても辛かった。
二人と別れた後、俺は病院に行った。今日は検査の日だ。血液を注射で少し抜いて調べるただそれだけの事だった。だが、俺はその注射があの時を思い出してしまってとても恐かった。医者は俺の古くからの友人で、俺が薬害エイズだって事を知っている。だからなるべく気を使って注射を俺の腕に打った。
「そういや、古沢達がこないだ薬物乱用でムショ入りしたらしいぞ。お前よかったな。一回でちゃんと辞められてさ。」
「そんな事言うなよ。こんな風になるくらいだったらムショ入りの方がマシだ」
「そういえば嫁さんにはこの事話したのか?こういう事はちゃんと話した方がいいぞ」
俺が一番悩んでいる事を医者につつかれた。
「アイツ、年明けたら北海道に三年間転勤になるんだ。俺がそんな事を今言ったら安心して行けないんだ」
医者は困ってクセになっている首をひっかく動作をした。
「そりゃあ最悪だな。お前もホントについてないヤツだなぁ。あ、結果は出次第連絡する。あと、お前昔っから肺炎とかなりやすい体質だから、くれぐれも気をつけろよ」
医者は出す薬を書いた用紙を俺に渡してから言った。
本当は、この時すでに俺の体はボロボロになっている事に勘付いていた。人によっては長生きするんだろうが、このモロい体は思うように耐えてはくれないようだ。