返せなかった赤い傘:前編-2
「…で、どうする?」
リビングの真ん中にあるテーブルに、俺と妻は向き合って話をしていた。
「私、考えたの…。あの時は全部あなたのせいにしてしまって、私にも責任があるのに…」
「その事はもういいんだ。俺だってヒドい事を言ったんだ。ゴメンな」
俺がそう言うと、しばらく沈黙が続いた。
「それで、別居の話なんだけど、私ね、会社で北海道への転勤が決まってしまったの。だから、また同居したいけど…三年。三年だけ待っていてくれる?それまでの事なんだけど、周市をどっちが預かるのかを話合いましょ」
…彼女はいつも話す前に何を話すのか頭の中で1から10まで考えている。だから今回もカナリスムーズに話が進んだ。
「そうか…北海道まで行くのか。周市がどっちに住むのか…それは周市自身に決めてほしいな。俺達また、会えなくなるね…結婚する前もそうだったな。」
「…そうね。そして、あなたは私が忘れた傘を隣りの県の私の実家まで持ってきてくれたよね」
話が終わると、俺は飲みかけの紅茶が入ったカップを台所に持っていった。
…どっちにしたって、俺が周市を預かる事なんて出来やしない。ならば、せめて自然に妻に周市を預からせる事はできないのだろうか…。俺はテーブルに肘をつけて悩んだ。
会社を三日くらい休んでから、俺はまた仕事に復帰した。ブランクを埋めるために残業をしたりして、しばらく眠るヒマすらなかった。まだそれくらいの事で病状が悪化したりはしなかった。
今日は久しぶりの休日だ。昼に妻が周市を連れて家に来た。それから一緒に昼食をとりにレストランに行った。
「あれ?今日はパパ大好きなエビフライ頼まないの?」
「あぁ、最近食欲がないんだ。だから周市はパパの分まで高いヤツを注文していいんだぞ」
「やったぁ、じゃあアイスクリームもう一個!」
最近自分の体が序々に蝕まれている事に感づいていた。無理をしているからとか、それだけが理由じゃないと分かっていた。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「あぁ、ちょっと体調を崩しただけなんだ。」
妻は冷房の効いた店の中で微量の汗を流す俺を心配していた。
「そんな事より、今大事な話をする。周市、ママが北海道に転勤になってしばらく引っ越す事は知ってるよな?」
アイスクリームをスプーンですくっていた周市はうなずいた。