堕天使と殺人鬼--第9話---1
皺くちゃになった紙を男から奪い取り、紙越しにその男を眺めた。なんとも哀れな姿である。彼は心底呆れていた。
オリジナル・バトル・ロワイアル
堕天使と殺人鬼 --第9話--
〜嵐の前触れ篇〜
「三木原教官。」
背後から声を掛けられ、三木原肇(ミキハラハジメ)は小さく振り返った。今まで、頭のぐちゃぐちゃになった少女の死体や、ただ涙を流して放心している中年男性と言った非日常的な風景を目の当たりにしていたせいか、その男性が目に入った時、なんだか少々夢の中にいるような感覚に陥った。しかし当然、そんなはずはなかった。
事の成り行きを全て見守っていた中原茂(ナカハラシゲル)一尉が、無表情に三木原を見据えている。三木原はほんの一瞬だけ中原を見返したが、すぐに目前の、心ここに在らずと言った様子の遠山武紀(トウヤマタケノリ)に視線を戻した。
始め対面した時はしっかりと自分の意思を持って行動していた遠山は、先程三木原が遠山の生徒――保志優美(女子十五番)を手にかけた時から、一変して様子が変わってしまった。涙は流したままだったが、定まらない視点を浮遊させて、三木原が言ったことに忠実に行動している。確かに無駄な時間を少なくすることはできたが、いかんせん面白くない。三木原は舌打ちをした。
「……中原、悪いんだけど、遠山先生を向こうに連れてってくれないかな?」三木原は念仏面をして続けた。「なんだか気分が悪いんだ。」
「……了解しました。」
中原は相変わらずの無表情で頷くと、放心状態の遠山の腕を掴んで「行きましょう。」と一声掛ける。ゆっくりと立ち上がって遠山は、中原に促されるままに教育を出て行く。ドアの前に差し掛かった時に中原が、「三木原教官も、控室へお戻り下さい。」と声を掛けて来たが、数秒遅れて彼が返事を返した時にはすでに二人の姿はなかった。
おもむろに三木原は胸ポケットから煙草を取り出し火を付けると、転がったままになっている少女の死体を見つめる。ふと机の上に遠山のために用意してあった毛布があることを思い出して、三木原はそれを手に取るといっぱいに広げて、そっと少女の死体の上に被せた。
調度その時、生徒たちを監禁している教室の鍵を締めに行っていた加藤俊一郎(カトウシュンイチロウ)が戻って来たようだった。加藤はドアの前に立ち止まり、三木原の姿を確認して深く頭を下げている。
「失礼致します。三木原教官、鍵を締め忘れた者が判明しましたので、連れて参りました。」
事務的な口調で言い終わった後、加藤は頭を上げ背後にいる人物に部屋に入るよう言う。背丈の長い加藤に調度隠れるようになってしまっていた一人の小柄な青年が、おずおずと顔を覗かせた。
「失礼致します……竹村です……。」
「……葉太か。」
三木原は、その名を呟いてゆっくりと視線を――まだこの仕事に就いて間もない新人の竹村葉太(タケムラヨウタ)に向ける。あまり気分が良いとは言えない三木原の目付きは、少々、睨むようなものになっていたのかも知れなかった。葉太が怯えたような表情を更に強くした時、彼はやっとそれに気付いて罰が悪そうに目を背けた。
葉太が頭を深々と下げて、声を震わせながら口を開いた。
「三木原教官……すみませんでした……。僕、つい……うっかりとしてしまって……。」
「いや、いいんだ、葉太。」尚も言葉を続けようとした葉太を、三木原は静かに制した。「確かに痛いミスだけど……お前はまだ新人なんだ、失敗は付き物だよ。それより、確認しなかった俺の方こそ悪かったんだ。」
三木原はそう言って頭を下げる――下げながら、ふと、思った。部下を甘やかしてしまうのは、自分の悪い癖である。今回は自分だったから良かったものの、他の教官だったなら――さすがに殺されはしないだろうが、ただでは済まなかっただろう。
三木原は葉太に向かって「ただ……」と、さっきの言葉に付け加えた。