光の風 〈覚醒篇〉-14
「…記憶喪失だっけ?」
「小さい頃の記憶がね、ないんだ。覚えてたのは名前だけみたい。」
「よかったじゃん!」
てっきり哀れみの言葉が返されると思っていたのに、貴未から出た言葉は感嘆の言葉だった。
「一番大切な名前覚えてんなら大丈夫だって!お前の記憶も家族からの愛情も全部名前が教えてくれる。まぁ気にせず行こうぜ!」
考えもしなかった方向に貴未は日向の選ぶ道を描きだした。思わぬ展開に日向は動揺を隠せない。貴未の様な人には出会ったことがなかった。
日向が笑顔になったのを確認すると、貴未は手を差し出し握手を求めた。
「オレ達の記憶もここからだ。まぁ、仲良くいこうぜ!」
この人の考え方はおもしろい、まだまだこの国には楽しいことが隠れていそうだ。握り返した手のぬくもりを感じながら日向は未来に期待をせずにはいられなかった。
「いつ頃、目を覚ますんだろうな。」
閉じられたままの二人の目蓋は開きそうにもないようにサルスには感じられた。
大人数が去った後のカルサの私室は静まり、孤独や淋しささえも感じさせるのかもしれない。小さな不安がサルスの中で生まれ育とうとしていた。
「少し時間がかかるかもしれないわね。とても強い魔法の呪縛にかかっていたのだから。」
ナルの言葉にサルスは言葉なく頷いただけだった。相変わらず目で追う先にはカルサがいる。さっきまでは自分はあの姿でいたのだと、ふいにサルスの頭の中によぎった。今は自ら存在を消した姿でここに立っている。
「目覚めてもらわなきゃ困るんだ。オレはもう代わりはできないから。」
「なにもすぐに姿を変えなくても良かったのに。」
いつ目覚めるか分からない状態が続くと国王不在の期間ができてしまう。そんな事は百も承知だったのに、サルスはカルサが目覚める前に姿を変えた。
サルスは分かっていたのだ。目覚めた時に自分の代わりがいる事を知れば、カルサは国王の座には戻ってこない。それは淋しさからではなく、当然のようにその事実を受け止めるからなのだ。
「いや、これでいいんだ。」
自分にとっても最適な策をとった。それは自信がある。ただカルサの目覚めが遅くなると不安が募ることは目に見えていた。
「でもサルス…本当の戦いはここからよ。もう私には占えない。」
「ナル?」
ナルはふいに両手を前に出し水晶玉を召喚した。サルスには透き通った水晶玉にしか見えないが、それを見るナルの表情は悲しくも険しい。彼女の目には黒い煙が光を包み殺してしまう映像しか見えていなかった。