ESPECIALLY FOR YOU-4
「道あってる?」
「え?あぁ、うん」
「ぼーっとしすぎやで奥さん」
からかうように言う私の一番好きな声。
それからたわいない話で笑い合ったけれど、よく思い出せない。
気がつけばあっと言う間にマンションの前に着いていて、車に乗ってた時間は三十分くらいだった。
「とーちゃく!」
「ありがとー」
「何か久しぶりに逢えてよかった」
「あたしも」
私がドアに手をかけると同時にあなたは「あっ!」と思い出したように声をあげた。
「結婚祝い」
「…現金て、やらしい!」
あなたの手を軽く叩くと「冗談やって!」と屈託のない笑顔を見せながら写真を差し出す。
「これ…」
「卒業旅行の時の写真。焼き増ししたんやけど渡しそびれてた」
写真の中のあなたは無邪気に笑っていて、私は頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑んでいた。
あなたを好きな頃の私…。
「ほなまた同窓会で」
「うん」
私は写真を握りしめながら車を降りた。
外に出るとほんのり自分の香水が風に混じって香った。
車の中はあなたと私の同じ香りでいっぱいだったのだと思い知る。
"じゃぁ"と言うように目を合わせてドアを閉めようとしたけど、私の名前を呼ぶあなたの声に手を止めた。
「結婚おめでとう。お幸せに」
「…ありがとう」
ようやく、私はドアを閉めた。
あなたとの扉を閉じたと言うべきかもしれないね。
車のエンジン音が胸に低く響いて、その音は少しずつ遠退いていく。
車は近くの信号で一度止まったけどすぐ青に変わり、あなたの車はとうとう暗闇の中へ消えて行った。
信号が青になってよかった。そうじゃないと、私はあなたを呼び止めたかもしれない。
また追いかけてしまったかもしれない。
幸せそうに笑う写真を胸元に握りしめて、大粒の滴が頬を流れる。
歯を食いしばって必死に声を押し殺した。