*** 君の青 最終回***-6
「ただいまぁ、買ってきたぞ。ホッカイロ」
カランカランという鈴の音が聞こえないほどの大きな声で、僕は言った。いつもならここで、雫の、
「おかえり!」
という元気な出迎えがあるはずなのだが、今回は何も聞こえてこない。まだ二階でもぞもぞやっているのだろう。僕はため息をついて、肩や頭にかかった雪を払い落とした。降り始めたのはついさっきのことだ。ホッカイロを買って、スーパーをでるといつの間にか白く冷たいものがちらついていた。
「おぉい、雫。雪が降ってきたぜ。窓から見てみろよ」
返事はなかった。ひょっとすると僕の声が聞こえなかったのかもしれない。
「おぉい」
僕はホッカイロを一つ手にとり、階段を上った。いくらなんでも準備にかかりすぎだ。このままじゃ朝になってしまう。
「なぁ、そろそろ行かないか?」
彼女の部屋を前にして、話し掛けた。けれど反応はなく、物音一つ聞こえてこない。
「雫?」
コンコンッと、ドアをノックしてみる。けれどやっぱ反応はない。
「どうしたんだ?」
次の瞬間、彼女が倒れた時の映像が鮮明に飛び込んできた。そして、まさか、という予感が頭で考えるよりも先に僕を動かしていた。
「大丈夫か!雫!」
けれど飛び込んだ部屋には、彼女の姿はなかった。
「どこ行ったんだ。あいつ」
僕は首をかしげると、階段を駆け下りた。廊下を走り、居間を覗く。
「雫?」
いない。
トイレのドアをノックする。返事がない。恐る恐るあけてみる。
「雫?」
いない。
ドアを開けっ放しのままで、もう一度店の方に走って辺りを見回した。やはりどこにも雫の姿は見られなかった。一体どこへ行ったんだ。妙な胸騒ぎがした。僕は外へ出て彼女を呼んだ。けれど聞こえるのは僕の声だけで、返ってくる声は一つもない。
何なんだよ、何が起きたんだ。と、心の中で、何度も呟いた。再び店へ戻り辺りを見回す。ふと、僕の視線がカウンターの辺りで止まった。よく見ると、カウンターの上に何かが置かれている。僕はすぐに駆け寄り、それを手にとった。
「これは・・・」
そこに残されていたのは、いつか雫に貸したはずの青い鳥の本だった。あれから何年も経っているのに、色落ちも、しわにもなっていない。どこも変わらずあの頃のままだ。この本を見つめている顔が、思わずほころんでいるのが自分でもよく分かった。
「けど、どうしてこれがここに」
僕は頭を上げた。そういえば、雫が最後に言い残した言葉は・・・。思い出した瞬間、心臓がぎゅっと縮んで僕は軽いめまいに襲われた。カウンターに両手をつき、呆然と青い鳥の本を見下ろす。体中がドクンドクンと脈打ってうるさい。僕は頭に浮かんでくる予感を振り払うように、頭を思いっきり振った。嘘だ、と心の中で叫んだ。
・・・青い鳥の本、借りていくね。そう、彼女は確かにそう言って姿を消した。
そして今、その本がここにあるということは、彼女がこれをここにおいてどこかへ消えてしまったということは・・・まさか、自分の居場所へ帰ってしまったんじゃ。
「そんなのないよ。そんなひどいことがあってたまるかよ」
僕は震える手で本を持ち、力無くスツールへ腰を落とした。
何もかもが、それこそ世紀末のような感じがした。
「何が青い鳥だよ・・・」
「何が今夜見るかるだよ・・・」
ふざけやがって、ここへくれば見つかると思ったって言ったのはそっちじゃないか。なに言ってるんだよ。その結果がこれかよ。お前にとっての幸せって言うのは、僕から姿を消すことだったのかよ。
・・・冗談だろ、雫。