*** 君の青 最終回***-4
時計の針は、今日の終わりを告げた。風邪薬の作用のせいか、はたまた苦しみのために、体が自然に逃げのたいせいをとったのか雫は床についてから、まるで眠り姫のように深い眠りについている。
僕は彼女から離れることなく、ベッドに寄りかかり今晩は眠るのを諦めていた。何かあった時、彼女を救えるのは僕だけだからだ。
細井さんは、
「何かあったら僕を呼ぶんだよ。飛んでくるからね」
と、心強い言葉を残して帰っていった。
この小さな部屋には、二人も人がいるのにとても静かだ。僕はそっと立ち上がって、雫の様子をうかがった。さっきまで汗をかいていたけれど、今は落ち着い ている。
再び座り込む。
「馬鹿だな」
うつむいて呟く。
本気でそう思った。具合が悪いのなら、初めからそう言えばいいのに。そういう理由なら、ちゃんと休ませたのに。なんにしたって無理をしなければならない理由なんてないはずだ。
「・・・絆」
その時、かすかだが、雫の声が聞こえた。
僕は立ち上がり、すぐに彼女へ駆け寄った。
「具合、どう?まだ苦しい?」
「んーん。元気だよ。明日は出れそうね」
柔らかな笑顔で、雫は言った。
「ばぁか。完全に治るまで寝ていろよ。どうせその状態で仕事をしたってものにゃならないんだからな」
と、僕はわざときつめに言ってやった。
「大丈夫よ。こんなのちょっとした風邪なんだもん」
「駄目だ」
ぴしゃりといってやると、雫は言葉につまり、天井を見上げた。この顔色を見れば、治ったというのが嘘だなんてこと誰にだって分かる。まるで死人のようだ。
「強がりも行き過ぎると、かわいくないぜ。寝てろよ」
「うーん。じゃあお言葉に甘えて」
そう言うと雫は、鼻先まで毛布を上げ、無垢な瞳で僕を覗き込んだ。すべてを見透かしているんじゃないかと疑いたくなるほど、綺麗な瞳だった。僕は急にいたたまれないような気持ちになって、立ち上がると、頭に浮かんだ言葉を口にした。
「腹減ったろ?おかゆ、作ってきてやるからさ」
「あ、いいよぉ」
「夕食も食べてないんだから、何か食べなきゃ駄目だよ」
と、僕がドアを開けようとした、その時だった。背中の向こうで、雫が僕を呼んだ。僕はノブから手を離し、振り向いた。
「どうした?」
「お願いがあるの」
彼女は重たそうな体を起して言った。
「無理するな」
秒速で駆け寄り、僕は言った。
雫は自分の寝癖を片手で押さえながら、クスクス笑った。
「変な絆。たかが風邪なんだから、そんなに心配しないでよ」
「まぁ、な」
好きな女の心配をして何が悪い。こっちはさっきまで不安に押しつぶされそうだったんだぞ。まったく、人の気も知らないでこいつは。
「ねぇ、絆」
「ん?」
「明後日クリスマスよね。その日、あなたにお願いがあるの」
そうか、そういえばクリスマスだった。完全に忘れていた。
「イブの夜、二人であの森へ行こう。きっと、青い鳥が見つかると思うんだ」
「青い鳥が?」
彼女は小さく頷いた。そして、僕へ小さな手を差し出すと、ゆっくりと小指を立て
た。僕は雫を見つめ、念を押すように低い声で言った。
「お前にとって、何が青い鳥かがわかるんだな。何が幸せかがわかるんだな」
「うん」
雫は、もう一度小さく頷いた。
いい機会かもしれない。僕はそう心の中で呟いた。雫はこの家へきた目的を果たそうとしている。ならば僕も、数年前に一度は捨てた目的を果たそうかと思う。僕の本心を、僕の、一人じゃあどうにもならないほどに膨らんだこの気持ちを伝えよう。見返りが問題じゃない。どんな結果が待っているにしろ僕にとっては伝えることで、また一回り人間が大きくなるに違いない。
「分かった。約束だ」
もう、逃げたりしない。決めたんだ。たった今、ここで。僕は小指を立てると、
そっと、雫の壊れそうな『約束』に触れた。