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■LOVE PHANTOM ■
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*** 君の青 最終回***-10

僕は本棚に立てかけられている、青い鳥の本を久しぶりに手にとってぺらぺらとページをめくった。初めて読んだ時の興奮や感動は薄れてしまって、今ではもうほとんど何も沸きあがってこない。そればかりか、昔だけを思い出すような、思い出の品として姿を変えてしまっていた。少し寂しいけれど、それも仕方がない。ふと後ろを振り返れば、長く感じた距離もあっという間にたどり着いたような気がする。僕と雫が再び離れ離れになってから、すでに半年が経っていた。その間、僕らは一度も連絡を取り合ったりはしなかった。だからと言って、彼女のことを忘れたわけじゃない。全くその逆だ。会えない分だけ雫のことを思い、焦がれ、出来ることならすぐにでも彼女の元へ飛んでいってやりたかった。あえてそうしなかったのは、彼女がそれを望まないと判断したからだった。弱い部分を見られるのが嫌いな彼女が、果たして病院で僕と再会して喜ぶだろうか。答えはNOだ。
 そう考えたら、否が応でも会いに行こうとは思わなくなる。僕は本を閉じ、再びそれをあった場所へ戻した。窓からは凪いだ風が入ってくる。そのたびにレースのカーテンが揺れ、しばらくするとまた元に戻った。あの寒かった冬が嘘みたいだ。太陽は溶けるほどの熱光線を照り付け、庭の木々からは暑苦しさをますようにセミの鳴き声が聞こえてくる。いつの間にか、夏がきていた。僕は汗で湿ったパジャマを脱ぎ、真っ白なティーシャツに手を通した。昨日の夜遅かったせいか、随分と寝過ごしてしまった。部屋を出て階段を下りていくと、途中から親父の笑い声が聞こえてくる。
 「おはよう」
 店内に顔を突き出して、僕は言った。
 「おはようじゃないだろ。今何時だと思っているんだ」
 グラスを拭きながら、親父は言った。
 「そうよ」
 お袋が付け足した。
 「夏休みに入ったからって、そんなだらしない生活していたら体壊すわよ」
 「分かってるよ」
 僕は靴のかかとをつぶしたままで、カッポカッポと歩き、スツールへ腰を下ろした。親父の向かいで笑っている細井さんを見つけたからだ。
 「やぁ、久しぶりだね」
 と、彼は言った。
 「あれ?細井さん、かなり日焼けしたんじゃないですか?」
 僕が言うと、親父が後から付け足した。
 「ゴボウみたいだよな」
 細井さんは苦笑した。
 「ハワイに行ってたからね」
 「ハワイ?いいなぁ。僕なんか親の旅行についていっても駄目なのに」
 横目て親父とお袋をにらみつけると、二人はそ知らぬふりで仕事を続けた。
 「あ。そうだ、絆君、コーヒー入れてくれないかな?」
 思い出したように細井さんが言った。
 僕は、いいですよ、と言いながら腰をあげ、カウンターの内側へ入っていった。そしてコーヒーカップへ手を伸ばそうとした時、ふと一枚のはがきに目を止めた。
 「なんだこれ」
 手にとって見てみる。
 思わず「あ!」と、声をあげた。
 なんと、はがきの差出人は雫だった。裏を見てみると、内容はたった一行。
 『答えをあげるよ』だった。
 「おふくろ!このはがきいつ届いたんだよ!」
 僕はお袋の両肩をつかんで、揺すった。
 「け、今朝よ!郵便受けに入っていたの」
 頭をがくがくさせながら、お袋は答えた。
 手を離して、もう一度はがきへ目を落とす。と、僕は妙なことに気がついた。
このはがき、消印がどこにもついていないのだ。
 「まさか、あいつ・・・」
 今まで押さえていた気持ちが、噴火した火山のごとく熱く、強く、どっと沸きあがった。僕はいてもたってもいられなくなって、はがきを後ろのポケットへ突っ込むと、さっそうとカウンターの上を飛び越えた。
 「こら!絆!」
 親父などなりながら言った。
 僕は外へ一歩出たところで、親父たちの方を振り返って言った。
 「ごめん、細井さん、コーヒー後でね」
 「え?ちょっ・・・」
 そして細井さんの話も途中で、ドアを閉めた。
 これ以上、話をする時間さえもったいなかった。
 雫は多分、いや、絶対にあの場所にいる。僕は狭い駐車場に立てかけてある、愛車のマウンテンバイクのかぎを外して飛び乗ると、全力でペダルをこぎ始めた。太陽の熱で熱くなったフライパンのような道は、辺りにゆらゆらと陽炎を作り、数分で僕のティーシャツを汗だくにした。滲んだ汗は額を流れ、抵抗する風で吹き飛んでいく。
こうしていると、僕自身が風になったようだ。
 緑の葉をたくさんつけた木々が見えてきた。あの森だ。
 僕はマウンテンバイクから飛び降り、今度はそこから自分の足で走り出した。


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