右手の記憶-1
「好きです」
「嫌いよ」
ここは私の通う学校の屋上。私の頭上には、爽快な真昼の、どこまでも透き通る青空が広がる。私は、たった今、目の前の男に告白されて、そして最速で切り返しフッたところである。その達人の居合斬りのような切り返しの素早さに、我ながらほれぼれする。凄まじい攻防の刹那、この白昼の屋上に火花さえ散ったように錯覚する。「好きです」の「す」が終わるか終わらないかで、既に私の口は「嫌いよ」の「き」を発音していた。そして、彼の誠実な告白をいともたやすく叩き伏せる私の大胆さ。目の前の男は私のあまりに華麗で俊敏な切り返しの前に告白前の強ばった表情のままで、顔の筋肉がどうしていいかわからず固まってしまっているようだ。ちょうど、一騎打ちで一瞬激しく剣を交えたあとの静寂。あまりの速さで自らが斬られていることにも気付かないのだ。
そして、私が鞘に刀を納め、その鋭い金属音とともに男の首はごろんと地に落ちる――
おっと、いけない。いつのまにか、陶酔のうちに、私の心は戦国の世にトリップしていた。
その間も彼は、口の中に行き場のない言葉をぐるぐると泳がせ、なにかしゃべりだそうとしては、ためらい言葉を飲み込んでいる。返事が来るまでの期待と不安の交じったあの永遠のような時間も彼には許されなかったのだ。それも当然かもしれない。
こういったことが以前にも何度かあった。きっとそれは、私が世間で言われるところの美人であることに起因するのだろう。全く、わずらわしいったらありゃしない。これまで美人であることで得したことなどこれといって思いあたらないので、いっそ不細工で生まれれば良かったのに、と切に思う。クラスの友人にそのことを洩らしたら、そのコに「コロスぞ」と言われた。私は至って真面目なのに、心外だ。彼女がいわゆるブスだからだろうか。そのことを彼女も自覚しているからだろうか。
そういうわけで彼には申し訳ないが、私はいつもこういった申し出は瞬殺することに決めているのだ。もし、ここで私が少しでもためらいなどしようものなら、彼はその数秒の沈黙に一縷の望みを抱いてしまい、そして次の瞬間に私の否定を表す発言に彼のその健気な光は閉ざされ、彼は余計心に深い傷を負うことになるだろう。その数秒の浮き沈みの中で彼が絶望の底に真っ逆さまに落とされることになるなら、いっそ一思いに打ち砕いてしまったほうが、彼のためというものだろう。
…まぁ、うそだ。彼のためとかいちいち考えてないし、私が彼をフるのは純度100%で彼が嫌いだと言う理由からだ。一瞬でも期待を抱かせてしまうのは不快だ。私はちょっとした超能力の持ち主であるが、それゆえに人とはなるべく関わりたくない、という考えはこの件に関しては微塵もない。いや、ほんとに。
ところで、私がちょっとした超能力を持っているということは本当で、何かに右手で触れると、ときどきそのものの記憶や想念が見えてしまったりすることがある。たしか、サイコメランコリーとかそんな感じの名前だったが正しい名前は忘れた。
最初にそのことに気付いたのは、私が幼稚園に通っていた頃だ。
その日の帰りは珍しく、母ではなく父が迎えにきていた。幼稚園児の私に、さぁ、手をつないで帰ろうか、といやらしい目つきで言う父に私は心から嫌悪を覚えたが、普段よい子で通っていた手前、無邪気を装い笑顔で父の手を握った。
その時だった。突然痺れるような感覚をつないだ右手に覚え、頭に映像が流れ込んできたのは。