右手の記憶-2
脳みそに映し出された映像から判断して、そこはどうやら電車の中らしかった。人間があの四角い箱のなかに押し込まれておしあいへしあいしていることから朝の通勤時間だと推測。目の前にはセーラー服の女子高生が見えた。その映像の視点は徐々に下がっていき、やがてスカートの中に視点が固定された。そしてじりじりとその中に近づいてゆき――
キャー!!痴漢よ!!
その声が私の頭蓋骨のなかに響くと同時に私は手を振りほどいていた。
このエロ親父、痴漢なんてしてやがったのか!!
不思議そうに私を見つめる痴漢男。どうしたんだい、とぬけぬけと尋ねるその男に私は気付くとありとあらゆる罵声をぶつけていた。
このエロ親父!!
人間の風上にも置けねぇな無能なくせに!!
だいたいいつもくせぇしそのやらしいニヤケ顔も気持ちわりぃんだよ!!
とっとと保険金だけ残して死にやがれ!!
クズ!!消えろ!!
おろおろとうろたえる父を尻目に私は駆け足で家に帰った。ちなみにそれ以後すぐに母はあの男とは離婚してしまった。
それからというもの、たびたび右手に触れた人や物にまつわる記憶が映し出されることがあったが、たいしたものは見えなかったのでそれほど気にも止めず、誰に相談するでもなくここまできたわけだ。
「あの…」
その声で私は幼少時代の懐かしい記憶から現実に引き戻された。
目の前の男がようやくおずおずと口を開いたらしい。
「これ…手紙です。受け取ってください。」
彼はそういって白い便箋を差し出した。
「…あんた、聞こえてなかったの?あんたのことは好きじゃない、っつか嫌いだから付き合えないっていったでしょ?」
ちぃ!傷が浅かったか!!仕留め損ねた!
「いえ、それでもいいんです。はじめからふられることは覚悟していましたから。とにかく僕はこの気持ちをあなたに伝えたかったんです。でも、あなたを前にしてとても伝えられる自信がなくて、それで手紙に気持ちを綴ることにしたんです。だからお願いします。受け取ってくれませんか。」
彼はもう一度便箋を私に強く差し出した。
なんて女々しいの!!うっとおしい!!
そう思ってその場で唾を吐き捨てそうになったが、そこは優しい私のこと。快く受け取ることにする。
「そう、わかったわ。ありがとう。」
読む気とかないけどね。
「…ありがとうこざいます。」
!?
差し出されたその手紙を受け取った瞬間、例の痺れが突然やってきた。能力が発動するときの合図だ。
やば。
私のつぶったまぶたの裏に凄まじい速度で映像が流れ込んでくる。