堕天使と殺人鬼--第7話---1
始め、瞼をこじ開けた時、辺りがあまりにも暗いので自分の部屋だと思った――ああ、いつの間に寝てしまったのだろう。早くご飯の用意をしなくちゃ――そこまで考えたところで、自分が今まで眠っていた場所に、違和感を覚えた。
オリジナル・バトル・ロワイアル
堕天使と殺人鬼 --第7話--
〜嵐の前触れ篇〜
眉間に皺を寄せて、自分の頬に触れているものを肌から伝わる感覚で確認する。固くて、平らなものであることがなんとなく分かる。頭を動かして他の場所に若干頬を移動させると、固くて平らなことには変わりないが、ひんやりとした感覚が伝わって来た。どうやら先程までの場所は、自分の体温のお陰で温かくなっていたようだ。肌から伝わるそれから、これは木材でできている何かであることが伺える。机だろうか――それにしても妙だ。自分は机で寝る習慣などないはずなのに。
保志優美(女子十五番)は痛む首を押さえて、顔を上げた。室内は真っ暗ではなく、まあまあ暗いと言う程度だったが目が慣れないせいか、周りのものがよく見えない。しかし明らかに言えるのは、そこは慣れ親しんだ自分の部屋などではないと言うことだった。優美の部屋は決して狭くはないが、今彼女がいる部屋ほど奥行きはない。そう、この部屋は、部屋と呼ぶにはあまりにも広い過ぎる構造だった。例えるなら、自分が普段通っている学校の教室ほど――教室?
優美は辺りを見渡す。確かにそこは見慣れた教室の風景にそっくりだった。しかし、妙である。優美は自宅にある机で寝る習慣もなければ、教室の机で寝る習慣もないし、今までの人生、机で熟睡していたなんて経験はただの一度だってないはずである。そんな自分が、何故――そこで優美は、衝撃な現実を目の当たりにして、目を見開いた。お陰で今まで正常に動いていなかった思考が、廻り始めた。
すっかり顔見知りとなったクラスメイトたちが、揃って――先程まで優美がしていたように、机に俯せて眠っていたのである。それはとんでもなく、異常な光景だった。恐らく彼女のこれからの永い人生、通常なら、ただの一度だってお目に掛かることなどできなかっただろう。
優美は驚いて唖然としていた表情を、一変して険しいものにする。どう考えても、この状況はおかしい。大体、こんな暗い教室で寝ていたこと自体が、この状況の異常性を暗示していたではないか。すぐに気付かなかった自分は、どうかしている。
保志優美は女子主流派グループに所属していて、控えめな性格のためかグループの中ではあまり目立たなく、大した地位にも置かれていなかったが、面倒見が非常に良く、また非常事態には最も冷静な判断ができる少女であった。そのためこのような状況に陥っても、優美は自分のすべきことを冷静に考える力を失ってはいなかった。
まず、優美は――同じ主流派のリーダーであり、女子学級委員長を務めている草野香澄(女子四番)を起こしに掛かった。クラス全体を引っ張る義務のある彼女を起さなくては、始まらない。
見たところ、クラスメイトたちが今いる場所は普段の配置となんら変わりなかった。ならば香澄の席は、優美のすぐ近くである。
暗闇にも大分目が慣れて来た優美が香澄を見付けるのには、少しの時間も掛からなかった。
香澄は、組んだ腕を机に置いて、その上に顔を俯せる形で静かに寝ていた。
「香澄……」優美は一度名前を呼んで、彼女がなんの反応もしないのを確認すると、その肩に手を置いた。
「香澄、ちょっと」始めは小さく揺さ振っていた手に、ほんの少し力を込めた。「……寝てる場合じゃないのよ、香澄?」
香澄は一行に目覚める気配がなかった。優美は一息付くと、諦めて今度は、香澄の親友でありグループでは二番手である麻生美奈子(女子一番)の元へ駆け寄った。美奈子の席は、香澄の三つ後ろのところだった。