堕天使と殺人鬼--第7話---2
「美奈子……」優美は美奈子にも、香澄にしたように肩に手をかけ、その身体を揺さ振った。「……美奈子?」
何度も名前を呼んでみたが、美奈子も一行に目覚める気配はない。
優美は彼女も諦めて、次に目を向けた。それはグループでは三番手の位置に就いている、堤見響子(女子九番)であった――が、暫く考えて、優美は響子を起こすことをやめた。確かに響子は、成績優秀で優美と同じくらい――或いはそれ以上に、判断力が優れていたが、些か冷静さに欠けていた。それに慣れてしまえば強いのだが、慣れるまでの間が大変なことは安易に予想できた。今は彼女を起こしてはいけないと、優美は冷静に判断していた。
次に優美が目を向けたのは、男子中間派グループで男子学級委員長を務める都月アキラ(男子九番)だった。すかさず優美はアキラにも同じことを施したが、やはり彼も、目が覚めることはなかった。
その後もそうして、適切な判断力で優美は何人かのクラスメイトに呼び掛けたが、結局は無駄なことだった。
優美は諦めて、室内を見渡す。そこで初めて気が付いたのだが、どうやらここは、普段優美たちが過ごしているコンクリートで出来た教室ではなく、やけに古びた感が拭えない木材で出来た教室だった。優美はそれで初めて思い知らされた――勝手に自分たちの学校の教室だと思い込んでいたが、ここは教室の構造からして明らか違う。一体、ここは何処なのだろう――そもそも、誰がなんの目的で、あたしたちをこんなところに……?
それは考えても分からないことだった――いや、優美の脳裏にはこの時、一つだけ思い当たることが浮かんだ――が、有り得ないことだと、すぐに打ち消した。そもそも?あれ?は、宝くじで当たる確率よりもずっと低いのだ。
ふと、この暗さから今は夜なのかと思って、優美は窓に目を向けた――が、目を疑った。急いで駆け寄って手で確認してみると、それはひんやりとしていて、軽く叩いてみると鉄が鈍く響く、心地よくない音がするた――そこには分厚い鉄板が、満遍なく張り付けられていたのである。これでは外が例え快晴だったとしても、光が入って来れるとは思えない。
優美はもう何度目になるか分からない、溜息を吐いた。これでは、先程自分の考えた、あの可能性を完全に無視することもできなくなっただろう。そもそも、?あれ?だったならば、全ての説明が付く――そこまで考えて、優美は頭を振って――いや、やっぱり、それは有り得ない。何度も言うが、あれは宝くじよりも当たる確認は低いのだ、と思い改めた。
気を取り直して、優美はもう一度室内を見渡す。目に飛び込んで来たのは、教室と廊下の間に建っている壁の、左右に取り付けられた横に動かすタイプのドアだった。優美は、そこに向かって歩き出す。まあ、確率はかなり低いだろうが、もしかしたら――と言うことも有り得る。
優美はドアに手をかけると少々力を込めて、横に引っ張ってみた――驚いたことに、僅かに隙間ができた。これは普通に考えれば、有り得ないことである。しかし現実に、鍵は繋かっていなかった――これは……、ただ単に自分たちをここに運び入れた人たち(優美は犯人が複数であると確信していた。子供だとは言え、一人ではどう考えても三十八名もの人間を運び出すことは不可能である)のミスだろうか。それとも――他に何か理由が?
敵の罠である可能性を感じ取った優美は暫し躊躇っていたが、ドアの外に誰もいないことを確認すると、肩で大きく息をしてから思い切って足を踏み出した。
教室よりも遥かに明るく辺りが見易い廊下は、優美が思った通り教室と同様壁から床まで木材でできていて、やはり窓の外には鉄板が張り付くされていた。足音をたてぬよう優美がゆっくりと歩くと、頼りない感覚が足全体に広がる。そうそう壊れはしないだろうが、今にも底が抜けてしまいそうで嫌な気を遣ってしまう。
優美から見て右に続く廊下は、あまり奥行きのないところで壁にぶち当たっていた。ならば――と、彼女は左に目を向けると足を進める。ほんの十数歩で階段と、恐らく別の校舎へ移動するためのものだろう通路に差し掛かったが、優美は暫く考えて階段を下りることに決めた。通路の方が長く見通しが良いのに比べ階段の方は薄暗く目立ちにくいし、何より脱出する場所を見つけるならば最下階でなければならない。優美はゆっくり、ゆっくりと階段を下って行く。