『desire to link』-1
週に2回、あたしの心臓は早鐘のように高鳴る。今日は…その日だ。
ピンポーン。
玄関のチャイムが階下から響く。
パタパタとスリッパの小気味よく鳴る音がして、ガチャッと玄関が開くのがわかった。
「先生、こんにちは。どうぞ」
母の高い声は、ドアを閉めたままの2階のあたしの部屋まで耳にはいる。
「凪(なぎ)ぃー!先生がお見えになったわよー」
いっそう大きな声が聞こえた。
そんなのはわかってる。
「…それじゃ先生お願いしますね」
ひとしきりの挨拶が終わると、トントンと階段を上る音がする。
その1段1段があたしの心臓を早めるのだ。
やがてその足音の主はドアをノックする。
心臓が止まりそうになる。
「凪ちゃんこんにちは。入るね」
がちゃっ。
あたしは机と向かい合ったまま振り向かない。
相手もそれは承知しているかのようにあたしに近づきそして肩にポン、と手をのせた。
「今回の模試、上がってたってね。お母さんに聞いたよ。がんばったじゃん」
肩に乗せていた大きな手のひらをあたしの頭にのせて、優しく撫でた。
「よかった。俺の面子も保てるよ」
冗談っぽく言った。
それでもあたしの体はこわばったまま。
下で、玄関の開く音がして、そして閉まった。
「お母さん、仕事にいったみたいだね」
看護婦の母は今から夜勤に向かうのだ。
「凪…」
耳元で涼やかな…、でもどこか熱を含んだ声。
頬がたちまち紅潮するのがわかる。
あたしはこの低い声がキライじゃない。
ふっと、体が緩んだみたいに力が抜けてしまう。
「先週の課題は、やってある?」
「これ…」
掠(かす)れた声しか出なかった。彼がここまでくる間に、のどがからからに乾いてしまったから。
机の上に出していたノートを彼はぱらぱらとめくり、じっと目を止めた。
その時、今日初めて彼を見た。
白の半袖の開襟シャツに黒のベスト、そしてジーパン。長身の彼はうまく着こなしている。
長めに刈った茶色の髪がよく似合う。
薄い唇、形のよい鼻、そして大きめの瞳。
どれもあたしは好きだった。
しばらくしてノートを閉じる。
「うん。すごいね。全部あってるよ」
ニコリと嫌味のない顔で笑う。
あたしはこの笑顔も好きだった。
でも今は無邪気に喜べずにいた。初めて会った時に比べて。
「じゃあ、始めようか」
背中に手を回す気配がして、ぎし、と椅子の背もたれが音をたてた―。
早瀬 通(かよう)―彼が家庭教師として初めてうちにやって来た時、期待以上の容姿にあたしは心を躍らせた。
S大法学部の2年生と聞いた時、ガチガチのおカタイ男を想像していたのだ。
家庭教師ということもあり、服装はある程度のラフさ加減で留めているが、今時の美顔を母は気に入ってしまったようだった。
あたしもそうだった。
そう、その時は―。