***君の青 E***-1
僕らは一日のほとんどを一緒に過ごした。
同じ屋根の下で生活して、しかもそこで働いているのだから、当たり前と言ってしまえばそれまでかもしれないけれど、それでも雫との生活は僕にたらふくの満足感をくれた。好きな人に会いたいと思う時、いつでも手の届くところにいてくれるという満足感。そんな簡単に味わえるものではない。仕事の方も、まぁいくつかの失敗はあるにせよ彼女はよくがんばってくれた。
持ち前の度胸と愛敬を巧みに使い分け、お客様のうけもよく、ついこの間なんかも数人の若いやろうどもにナンパなんかされていた。仕事上人気があることはむしろ喜ばしいことなのだが、いつか恋敵が現れるのではないだろうかと思うと、焦りで胸の奥がひりひりといたんだ。
告白する勇気はないくせに、いっちょまえに独占欲は持っているらしい。また、雫は青い鳥探しも絶対に諦めなかった。暇を見つけては「探しに行ってくる」と言い残して店を飛び出し、そして自分の割り当てられた仕事の時間がくるといつの間にか帰ってくる。それを繰り返していた。
僕はものすごく興味があった。青い鳥にではない。彼女がそれをどうやって見つけ出そうとしているのか、その方法にだ。一体、空想上のものをどのようにして見つけようというのだろう。
それに、仮に幸運を呼ぶ青い鳥が実在するとして、ただの青い鳥とそれをどのようにして見分けるのだろう。僕はそれを知りたかった。そしてある日の晩、僕は何気なく雫に訊いてみることにした。
「なぁ、雫」
閉店後の店の中は静まり返っていて、普通の声でも十分会話が出来る。僕はカウンターの内側で、洗い終わったグラスをタオルでふきながら彼女を呼んだ。
「何?」
窓際にあるテーブルを拭いていた手を止め、雫が顔を上げる。
「お前さぁ、青い鳥ってどうやって探しているわけ?」
なるべく興味なさそうに訊いてみる。雫は額にしわを寄せて、天井を向いた。まさか彼女自身、分からないなんて言うんじゃないだろうな。雫は一人で納得したよう
に、小さくうんと頷いた。
「それじゃあ、今夜一緒に行こう。ついでに外食もかねてさ」
「外食?お前、飯作るのサボる気かよ」
僕が手を止めて言うと、雫は自分のポケットから厚みのある財布を取り出し、あの並びのいい白い歯を見せてニッと笑った。
「おごりだよ」
「行く」
僕はつかさず答えた。外食なんて何年ぶりだろう。前回行った場所なんか、遠い記憶に埋もれてもう思いだぜない。しかもおごりだ。今夜はたらふく食うぞ。
「じゃあ、さっさと仕事終わらせて行こうぜ」
片付けるペースを速めながら言うと、雫も大きな瞳を輝かせて、大きく頷いた。外は風もなく、絶好の外食日和だった。そんなものがあるかは知らないが、とにかく出かけるにはもってこいの天気だったのだ。あいにく、流れる雲にさえぎられてしまって昨夜のような月は見られなかったが、代わりに所々にあるプラチナのような星達を目にすることが出来た。
けれどそんな星もかすんでしまうほどに、今夜の雫はすばらしくかわいらしかった。
裏地と両手の大きな袖が白とストライプになっているネイビーのパーカーを羽織り、その下には黒のタートルネックをたらし、それに隠れるように白のミニスカートをはいている。そして首元には、赤と白で書かれた模様のバンダナをリボンのように巻いてい
る。いい女というものは、どんなものを着てもやっぱりいい女だと思う。僕ら二人は家から少し離れた所にある、レストラン通りを歩いていた。
「なぁ、何食べる?」
「そうだなぁ。絆、何か食べたいものある?」
雫はランドセルのような小さなリュックを肩にかけなおすと、辺りを見回した。
「あ、そうだ。あそこ、ステーキランドアップ。ほら、昔お前んとこの家族とみんなで行った所。結構おいしかったよな」
ふと頭に浮かんだ言葉が、口を突いて出た。けれどそれは案外いい案かもしれない。彼女も、「なるほど」と言いながら、ポンッと手を叩く。
「よし。じゃあ、あそこ行ってみよう」
「おっけ」