***君の青 E***-3
「が・・・ご・・・な?」
何か言おうとしたが、言葉にならない。
僕は涙目で、雫を見上げた。彼女は僕をこんな風にした右こぶしを、「ふー」とか言って息を吹きかけている。怒るのはもっともだ・・・もっともた゛が・・・これはあんまりじゃないか?
呼吸がうまく出来ずに、口をパクパクさせる。まるで魚のような僕を見ながら雫は言った。
「おあいこだね」
・・・いや、つりがくる。
「よし、次はあそこへ行こう!」
彼女はビー玉のように瞳をきらきらさせながら、完全にグロッキー状態の僕をズルズル引きずって歩き出した。
「どこ行くんだ」
かすれ声で話し掛けたが、聞こえていないらしい。
僕は彼女にされるままになりながら、向かっている方向へ顔を上げた。目に映ったのは、大きな汚い看板と弱く光る数個のライト、そして小さな入場券売り場だった。
間違いなく映画館だ。僕はもう一度見上げ、さっきの看板を見た。どうやら一本立てのようだ。タイトルは「三枚のコイン」という聞いたこともない映画だった。
「なぁ、この映画面白いの?」
「見れば分かるよ」
きっぱりと雫は答えた。
「どんな映画?」
僕が聞くと、彼女は額にしわを寄せて唸るようにして言った。
「さ・・・三枚のコインが出てくるのよ」
「まんまじゃねぇか」
「うるさいなぁ」
実はこいつ、何も知らないと見た。
僕は笑いをかみ殺しながら、雫の隣りを歩いた。
小さな窓から、券を売るおばさんが眠たそうな顔を覗かせ、僕らを交互ら見ている。
「大人二枚」
雫が偉そうにピースサインを送ると、おばさんは何やら口をぶつぶつと動かしながら券を二枚出して「二人で二千四百円」と、はき捨てるように言った。このおばさんは客がくることの何が不満なのだろう。
僕がポケットから財布を取り出すと、雫がそれを手のひらで押した。
「いいよ。ここは私がおごるから」
そう言うと彼女は、自分の財布から万札を取り出し、おばさんに手渡した。冗談じゃない。食事の次は映画までおごってもらって、これじゃあ僕の男としての立場がないじゃないか。僕は首を振った。
「映画は僕がおごるよ」
財布を開け、千円札を三枚彼女へ差し出す。が、雫は笑いながら断固としてそれを受け取ってはくれなかった。そして、
「いらないよ」
と、彼女は言った。
「なんでだよ。夕飯だってお前のおごりだったじゃないか。もらっといてくれよ。な?」
こうなったら何が何でも渡したくなってきた。
僕は逃げようとする雫の手を捕まえて無理やりお金を握らせた。こうでもしないと受け取ってもらえないからだ。
「分かった。分かったってば。じゃあこうしよう。
ここは私のおごり。それで映画が終わったら私の欲しいもの、一つだけ買って。ね?」
まぁ、それならいいだろう 少し黙った後、僕は頷いた。
「よし!決まり、行こう」
そう言って笑うと、雫は僕の手を握ったまま階段を駆け上っていった。まったく、今夜という日はなんてすばらしい日なのだろう。こうして大切な人と手をつないで、夜の町を遊びまわれるのだから。もう、最高だ!これをデートといわず何て言おう。
僕らの見た映画は、なかなかおもしろいものだった。なんと言うか、今までにないような不思議なストーリーだった。まず始めに、神様に仕える天使が出てきた。その天使はとてもおっちょこちょいで、袋いっぱいに持っていたコインのうち三枚のコインを下界、つまり僕らのいる地上へ落としてしまう。