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■LOVE PHANTOM ■
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***君の青 E***-2

 ここからステーキランドアップまで、五分とかからない。三つ目の角を曲がり、そこをそのまま進むと目的地にぶち当たった。僕らは、特に雫が懐かしさのあまりにいつもより大げさにはしゃいだ。入り口に立っているポストの形のした看板も、店を彩る鮮やかなライトも、そしてメニューはさすがに増えていたものの、欠けたものは何もない。それだけで、すごく嬉しかった。内装はわずかに変わったようだ。辺りを軽く見回すと、客の数もまばらで空いている席も結構ある。僕は隣りに立つ雫に「どこに座る?」と訊こうとした。その時だった。右手に暖かなものがぴたりと触れ、瞬間、僕の心臓がバクンッと音を立てた。なんと、彼女が僕の手を握ってきたのだ。
 喉まで出かかった言葉も渇いて消え、沸騰する血液が逆流していくのが分かる。
彼女は僕の方をちらりと見ると、僕の手をそのまま引いて、前へ歩き出した。
 「覚えてる?私たちがここへきた時に座った席」
 「い、いや」
 心臓の音がうるさすぎて、雫の声が遠く聞こえる。
 僕は彼女の手に引かれるままに歩いた。やがて、彼女は立ち止まり、僕の手を離して言った。
 「ここよ、ここ。私たち、ここに座ったの。ここがパパでここがママ。で、ここがおじさんで隣りがおばさん。ここが絆と私・・・て、聞いてる?」
 「え?聞いてるよ」
 顔を上げて僕は言った。実は全く聞いていなかった。
 「懐かしいよね」
 と、彼女は笑った。
 「そうだな」
 当り障りのないように、僕は相槌を打った。
 雫はニコニコと、こぼれるような笑顔を作りながらさっそく奥の方へと座った。この席は大人数人用のもので、大きなU字のソファーになっていた。僕ら二人には、ちょっと大きすぎる。僕は頭をぽりぽりかきながら、雫を見下ろした。すると彼女は
「気にするな」
と言うように、自分の隣りを叩いて見せた。気にするなといってもなぁ・・・僕は辺りを見回した。誰もこっちを見ていなかったが、どうも周りの目が気になる。
耐えかねた雫がぼそりと「座らなきゃおごんない」と、脅しにかかった。その言葉には弱い。僕は渋々と、自分の場所に腰を下ろした。ホント、ただよりも高いものはないとは、こういう時も言うのだろうか。
 僕らが全てを食べ終わり店を出るまでに、一時間もかからなかった。久しぶりのステーキの感想は・・・うまいことはうまかった。が、こいつの作る料理の方が数段上だ。僕はそ知らぬ顔で、隣りを歩く雫の横顔に目をやった。
 「ん?なに」
 僕の視線に気がついて、雫が聞いた。全てを見透かしているようなその瞳から目をそらして、僕は「別に」と、首を振った。僕の気持ちを知られるのは別にどうってことないが、こんな形で知られたくはなかった。彼女がこの燃えるような、気持ちを知るときは、僕が告白した時だけだ。
 「やだ、どうしたの?顔まっかっか」
 心配しているのかそれともからかっているのか、雫はうつむいている僕を覗き込んで、食い入るように見つめた。僕の顔が、耳の先まで熱くなっていくのがわかる。
 「・・・まり、見るなよ」
 緊張のあまりに、声がかすれる。
 雫はさらに顔を近づけて、
 「聞こえないよ」
 「あんまり見るなって言ったんだ」
 声を張り上げてつかつかと前へ歩き出す。
 彼女は何も悪くない。悪いのは、またしても僕だった。女じゃないんだから、こんなことでいちいち照れてちゃしょうがない。しかも照れ隠しがこれまた最悪。もっと愛想よくすりゃいいのに、この馬鹿たれは。僕は心の中で悪態をつく。とにかくなんでもいい。雫に謝らなければ。彼女にはこれが僕の照れ隠しだなんて分かってないだろうし。あいつだって女の子だ。男の僕に怒鳴られたんじゃ傷ついたに違いない。
 「あの、雫」
 とにかく平謝りしよう。と、僕が振り向いた。その時だった。予想もしていなかった激痛が、僕の腹を中心に体中を駆け巡った。さっき食べたものが、戻ろうとするのを絶えながら両目をしばたく。雫だった。彼女の渾身の一撃が、見事なまでに僕の腹に決まったのだった。体をくの字にして、下を向く。


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