恋人達の悩み9 〜secretly concern〜-10
「あ……輝里?」
崩したバランスを即座に取り戻した秋葉は、驚いた声を上げた。
背中にぬくもりを感じる気がして、どぎまぎしてしまう。
「あ、秋葉の事……」
蚊の鳴くような声を、輝里は振り絞った。
「もっと、知りたいよ……」
「……で、焚き付けたのか?」
上半身裸の紘平は、タオルで髪を拭きながら呆れた声を出す。
――ここは、紘平の部屋。
バイトが終わった紘平の部屋へ、瀬里奈は一足先に合鍵でお邪魔していた。
帰ってきた紘平は瀬里奈を待たせて汗を流し、ようやく風呂から上がってきた所である。
「だってねぇ……」
台所へ置いてある自分用のカップで冷蔵庫に常備してある水出し紅茶をいただきつつ、瀬里奈は持ち込んだショートブレッドをかじった。
「あの二人、誰かが焚き付けてやらなきゃ絶対に前進しないわよ。聞いた事ない?あの二人がくっついたきっかけ」
思わず、紘平は眉をしかめる。
「あぁ……あれな」
美弥と龍之介がお膳立てしなければお肌の触れ合いどころか付き合う事すらなかったであろう、あの二人。
「成る程……」
納得した紘平は肩をすくめ、瀬里奈の手からカップを取り上げた。
半分以上残っている中身を一口飲み込んだ後、少し口に含んでから瀬里奈と顔を近付ける。
意図を察した瀬里奈は目を閉じ、腕を伸ばしてその首を捉えた。
唇が触れ合うと、冷たい液体と共に温かい物体が侵入してくる。
それは瀬里奈の口腔を一通り探ると、ゆっくり離れていった。
唇を離した紘平は再び紅茶を口に含み、また重ねる。
こくこくと、瀬里奈の喉が動いた。
「あの二人じゃ、こんな真似しそうにないか」
悪戯っぽい声に、目を開けた瀬里奈は笑みを浮かべる。
「そうね。高由君なんか、キスするのも躊躇うみたいだし」
輝里の悩みを聞いている瀬里奈は、そう言ってからくすくす笑った。
「あんたはずいぶん進歩したわよ」
「ええ、どこかの誰かさんにたあっぷり教え込まれましたから」
おどけた答を返すと、紘平はまた紅茶を口に含む。
「そうよ。たっぷり仕込んだわ」
また紅茶味のキスを交わし、二人は微笑みあった。
「……あ」
ふと、瀬里奈が眉を曇らせる。
「でもなぁ……美弥には、余計なお世話しちゃったかなぁ」
それを聞いた紘平は、渋い顔になった。
「何やらかした?」
言われた瀬里奈は、肩をすくめる。
「輝里をせっついてあげた時、隣に美弥がいたのよ。なぁんにも喋らなかったから、もしかしたら……あの子まで揺さぶられてたかなぁって」
バイトを終えた龍之介が裏口から出ると、そこに美弥がいた。
毎度の事ながら、このまめさには感服してしまう。
顔をほころばせると、龍之介は片手を差し出した。
美弥もまた微笑み、差し出された手を優しく握る。
二人は歩調を合わせて、ゆっくり歩き始めた。
「……どこかで一杯やってく?」
美弥が寒そうに身震いしたのを見て、龍之介がそう申し出る。
龍之介の言う『どこかで一杯』は当然ながら、熱い飲み物でも飲もうかという意味だ。
「……あっちがいい」
しばらく躊躇ってから、美弥は答える。
「あっちって……」
珍妙な顔をして、龍之介は美弥を見た。
美弥の示した方向には、少し歩いた所にそういうホテルが軒を連ねている。