姫×菊丸〜はじまり之巻〜-1
拙者、名は政勝(まさかつ)。通称?爺や?
齢、六十を越えた拙者にはぴったりの呼び方である。
この度は物語の語り役に任ぜられたので、以後何とぞ宜しくお頼み申す。
それでは早速、物語のはじまりでござる。
美しく彩られた紅葉も段々と散り始めたこの頃。
清楚な薄緑色の着物を身につけた少女が一人、縁側にたたずんでいる。
時折見せる彼女の仕草ひとつひとつからは、生まれ持った姫としての器量の良さが滲み出ておられた。
彼女……姫の名は、静(しずか)。
齢、十と三つ。
まだ幼さが残るものの、爺やの目から見て……いや、誰の目から見ても、お美しい顔立ちである。
「姫、失礼いたします。」
……そう言って部屋の奥から現れた袴姿の少年、名は菊丸(きくまる)。
齢、十と……三つか四つか……とりあえず姫と同じくらいである。
彼は我が片山家の主・長吉(ながよし)様側近の小姓の子である。
ちなみに小姓の仕事は主に雑用係といったところであるが、
殿側近の小姓ともなれば、武芸・勉学に秀でた者でなければ到底務まらない。
菊丸の父は、誰もが認める優れた小姓である。
血は受け継がれ、菊丸も父に劣らぬ秀でた能力を有していた。
それ故、菊丸は男児の身にありながら、姫の付き人を幼い頃より任されている。
「菊丸……。」
姫は長く美しい黒髪をなびかせ、顔を上げる。
「茶菓子をお持ちいたしました。」
盆を手に、にこりと微笑む菊丸。
それに対し姫は、ぱあっと年相応の可愛らしい笑みを浮かべられた。
「…まぁ。ここへ置いて。」
「はい。」
「菊丸も座って。紅葉が綺麗よ。」
「…では、失礼いたします。」
菊丸が姫との間に盆を挟むように座ると、姫の視線は菊丸の顔から側に置かれた盆に移る。
「なんだか妙な色……。」
盆には、茶色の帽子をかぶった四角く黄色い何とも奇妙な物体が二つ乗っている。
「……これは『かすてーら』という南蛮渡来の菓子にございます。お武家様方の間で美味と評判でしたので、姫にも食べて頂きたいと思い頂戴して参りました。」
「そうなの。ありがとう。」
姫は嬉しそうなお顔で盆に添えられた楊枝を手に取り、『かすてーら』を頭から貫く。
「意外と柔らかいのですね……。」
小さめのそれを、姫は一口に含んだ。
「……いかがでしょう。」
姫はむぐむぐと頬ばり、それを飲み込む。
「……とても甘くて美味しい。菊丸、ありがとう。」
「姫に喜んで頂けたら私も嬉しゅうございます。」
姫の顔を見るに、相当美味であったのだろう。
……是非、拙者も口にしてみたいものだ。
……よし。今度、菊丸に頼んでみよう。
「菊丸、お礼です。」
姫はそう言って、盆に残った『かすてーら』を手にしている楊枝で貫き、持ち上げる。
「姫。なっ、何を…?」
「さあ、口を開けるのです。」
姫は立ち上がり、菊丸の正面に回る。
……なんとうらやま…いやいや、不謹慎なことを…。