『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-81
「ん?」
久世高校は、大和が通っている学校だ。その下駄箱からうち履きを取り出そうとした大和は、一通の便箋が乗っていることに気がついた。
「………」
表には何も書いていない。そこで大和は、便箋を裏にしてみる。
“Y.K”
と、だけあった。後は飾り気のない、何の変哲もないものである。
「なんだろう?」
ラブレターなら、もう少しは可愛げがあってもいいはずだ。“甲子園のアイドル”と全国を熱狂させた当時、彼がもらったそういう手紙は、手づくりの温かみがあるものや、手紙とは思えないほど豪華で絢爛な物もあった。
大和の律儀なところは、少なくとも本人から直接手渡されたラブレターに対しては、きちんと断りの返事を丁寧に書いて、自ら相手に渡していたことである。例えば人づてに貰ったものは“ごめんね。本人からじゃないと、僕は受け取れない”と頑なに断っていたし、また、郵送されてきたものに関しては、申し訳ないが中を読むだけに留めていた。もちろん、純粋なファンレターに対しては、当然だが返事を書いた。
“好き”という気持ちが本当なら、たとえ恥ずかしさや恐れがあっても、自分に直接ぶつかってきて欲しいという、どちらかというと古風なところもある大和ならではのことだった。
(Y.K……)
記憶の中で、そのイニシャルがあてはまる人物をさぐる。
(蓬莱さんは、S.Hだよな)
なぜか真っ先に、イニシャルが全く違うはずの少女の名前が思い浮かんだ。大和の中で、桜子の存在が確かなものと成り始めている証であろう。
埒があかないので、封筒から中身を取り出した。三つに折りたたまれた一枚紙を、広げてみる。
『今日、バッティングセンターに行きませんか? ―――片瀬 結花』
大和は肩から力が抜けた。
「センパイ!!」
その肩に、何かがのっかかる。もう、わかっている。この手紙を書いた本人だ。
「結花ちゃん……」
「んふふ、びっくりしました? たまには、こういうアプローチも面白いかな、と思ったんです」
「直接、言いなさい。直接」
「だって、大和センパイとなかなか下校時間が合わないですもん」
それはそうだろう。受験生である大和は既に、入試対策の特別時間割になっており、まだ2年生で正規の授業割で生活している彼女とは接点がかけ離れている。
「夕方がダメなら朝だ、って思って、珍しく早起きして待ってたんだけど……」
ちょっと悪戯心が湧いてこういうものを用意した、と結花は続けた。
「しかし、キミも相変わらずだね」
「?」
「受験生を勉強以外のことで誘って、釣れると思う?」
今はもう11月だ。定めた進路にとにかく邁進しなければならない時期である。もっとも、双葉大学を本気で狙い始めた大和は既に、“A判定”をもらっているから、よほどの失敗がない限りは、合格は当確と職員の間では目されている。
「大和センパイなら、付き合ってくれるって思ってます」
「なぜ?」
不意に、結花の顔が陰を作った。いつも活発で、矢継ぎ早に言葉が出てくる彼女には珍しい表情だ。
「この間、練習試合があったんだけど……私、ひとりだけヒット打てなかったんです。もうずっと、試合で全然打てなくて……最近じゃ、練習のときもひどくなってきたから。それで、大和センパイにアドバイスもらおうかなって……」
「そう……」
寄り道で恐縮だが、久世高校には、硬式野球部と軟式野球部とが並んで存在している。硬式は男子だけの入部が許可されているが、軟式は女子でも構わないことになっているので、結花は軟式のほうで野球に汗を流していた。以前触れた、大和が知っている“野球が詳しい女の子”のもうひとりが、この片瀬結花なのである。