堕天使と殺人鬼--第4話---4
「……親友の好きな女の子を守るのは、親友として当然の行為だろ?」
遼は温かく微笑しながらそう語った。確かに、彼の性格から考えたら当然の行為であった。晴弥はそれで、もしもアキラが愁の立場だったらと考えて――恐らく自分も、彼と同じことをするだろうと思った。
遼が、微笑を今度はからかうようなものに変えて、続けた。
「林道がピンチになった時は、いくらでも手を貸すぜ」
先ほどの愁のように、晴弥は慌てた。今度は愁の変わりに、晴弥が笑われる番だった。
こうして、愁、遼、一夜が揃ってゆかりを守る体制に入ったことによって、事態は一応安定していた。
同じグループの二人がそういう体制に入ったので、自然と晴弥もゆかりと接する機会が増えていた。彼女は以前のような人を引き付ける明るさを失ってしまったが、それは仕方のないことだった。早く元の彼女に戻れるよう、自分の範囲でできる限りのことをしよう――晴弥だけでなくみんなが、そう思っていた。
しかしそれも長くは続かなかった――それは、本当に突然のことだった。遼がゆかりを避け始めたのだ。話しかけて来たゆかりを温かく迎えるのではなく、冷たく一言――「もう、俺に話し掛けるな。」と言い放った。
驚き、愕然とした表現を浮かべるゆかりを目の当たりにしても、遼は表現一つ動かさなかった。それを見ていた晴弥たちは、ただ唖然として遼とゆかりを見守ることしかできなかった。
その日の放課後、晴弥たちは美月も誘って学校のすぐ近くに住んでいるアキラの家へ上がり込み、遼を質問攻めにした。
「遼、てめえ、なに考えてんだよ!」
愁が遼の肩を揺すりながら、声を荒げて問い掛けている。愁は、自分の想い人に対する親友のあらぬ態度に、この中の誰よりもショックを受けているようだった。愁ほど怒りの感情は出さなかったが、晴弥たちも彼と同じ気持ちであった。
しかし遼はいくら愁が肩を揺すっても、口を閉ざしたまま全く開こうとしない。
その遼の様子に、愁は何を言っても無駄だと感じたのか、一度舌打ちをすると遼を離した。そして、怒りを抑え込むように深呼吸をすると、自分のバッグを掴んで帰ろうとしてしまう。そんな愁を、晴弥と美月が必死に止めた。あまりの二人のしつこさに観念したのか、愁は「わかったよ……」と、渋々といった様子でアキラのベッドに腰を下ろした。親友の裏切り行為や、何も話そうとしない様子が余程腹立たしかったのか、愁が今いる場所は遼から距離が離れていて、彼を見ようとすらしなかった。
遼は俯いたまま、決して顔を上げない。遼の正面には、椅子に座ったアキラが彼をじっと見据えている。さすがは頼れる学級委員長である。アキラは、この中の誰よりも冷静だった。
沈黙が続いた。誰も口を開こうとしなかった。その沈黙を破ったのは、アキラであった。
「遼、どういうことなのか、説明してくれ」アキラは一息付いて、続けた。「あんなの……全然、お前らしくない」
遼がアキラの言葉にやっと顔を上げた。その顔には自嘲した笑顔が浮かび上がっていて、アキラから視線を逸らしている。そして、ぽつりと、呟いた。――「俺……俺らしいって、なんなんだろうな」
「……遼?」
アキラが、不思議そうに遼の名前を呟いた。先ほどまで激怒していた愁も、遼のこの言葉には驚いたのか、思わず背けていた視線を彼に向けた。晴弥と美月はどうして良いのか分からず、お互い顔を見合わせた。
再び俯いた遼の顔を、アキラがゆっくりと覗き込んだ。
「……遼、なにか、あったのか?」
「俺にはどうすることが正しいのか、分からなくなった。」
相変わらず彼の顔には嘲笑が浮かんでいるようだった。アキラも言葉を失ったようで再び沈黙が続く。何が遼をこう思わせているのか、全く掴めない。晴弥も美月も愁も口を挟むことが出来なかった。
「遼……」アキラが何か言い掛けたが、遼は静かに首を振って、それを制した。
「みんなもう、あいつに関わるな」静かに遼は言い放った。「その方が、お前らのためなんだ。」