堕天使と殺人鬼--第4話---3
晴弥はそれを聞いた時、耳を疑った。――まさか。彼女たちはあんなに仲が良かったのに……――それに、あの美吹ゆかりがそんなことをする子だとは、どうしても思えなかった。
そんな晴弥の思考が美月に伝わったのか、彼女は「まあ、藤丸さんたちの勘違いだと思うけど……」と付け足した。
「……勘違い?」晴弥は数秒間合いを取って問い掛けた。
「だって……ゆかりだよ? あの子がそんなこと、できる訳ないじゃん。」
美月は当然だと言わんばかりに言い放った。晴弥も同感だった。一般生徒にはやや敬遠され勝ちな不良っぽい雰囲気があるにも係わらず、ゆかりは非常に親しみやすく誰にでも親切だった。まるで?良い人?をそのまんま絵に描いたような少女であったのだ。
肯定的に頷く晴弥を見て、美月がぽつりと呟いた。「それに……」
美月はそう言ったきり、暫し口ごもった。
「……それに?」口ごもった美月を見つめ、晴弥は問い返す。
美月は観念したように続けた。
「……ゆかりが鞠名くんに告白されてるの、あたし昨日見ちゃったんだよね。」
「はあ? マ、マジで?」
「うん……」美月は小さく頷いた後、晴弥の顔を見上げた。「でもさ、ゆかり、普通にちゃんと断ってたよ。それなのに付き合う訳なくない?」――。
晴弥は更に続く美月との会話で益々訳が分からなくなっていた。どこからどういった誤解が生じて、あんな風になってしまったのか。考えても無駄、と言う気もしてくる。とにかく晴弥は、明日の学校生活がどのように変わってしまったかを考えると、気が遠くなる思いであった。
帰宅して部屋に入っても、そのことばかり考えていた。
案の定、次の日学校へ行ってみるとゆかりは仲間外れにされていた。所謂、省きである。晴弥はやはり動揺を隠せなかった。
いつものように、仲間たちは都月アキラの机の周辺に集まっている。晴弥もそこへ行って無難な椅子に腰掛けると、小声で言ってみた。なんだか非常に言い難かった。
「……大丈夫かな、美吹……」
晴弥のその言葉に暫く沈黙が続く。言ってしまったことを後悔し始めた瞬間、飛鳥愁がつんとした態度でゆかりに視線を投げ掛けた。釣られて晴弥がゆかりを見てみると、ゆかりの元に名波一夜が駆け寄って何やら言葉を交わし始めた。
晴弥にはいまいち愁の言いたいことが分からず、小首を傾げた。
そんな晴弥に、沼野遼が「ここまで他人を心配する晴弥を見るのは、初めてだな。」と、苦笑ながら言って彼を眺めて来た(遼の言葉に、アキラが頷いていた)。そして、続けた。
「……状況が治まるまで、一夜が美吹に付き添って……あいつらから守るんだってさ。」
遼がちらりと、晴弥たちからは遠くにいる玲奈たちを見ながら言った。――なるほど。それならば、思ったより心配はいらないだろう。
「あと」まだ言葉を続ける様子の遼を見ると、彼は穏やかに笑みながら晴弥を見返して来た。「……俺らも、一夜に協力しようと思うんだ」
「俺らも?」
遼が彼の隣で眉間に皺を寄せている愁を指差した。それに気付いた愁が、「なんだよ」と遼を睨み付ける。少し照れているようだった。遼がそれに微笑している様子を見て、晴弥も――なんとなく愁の心情を察して、笑んでいた。
「へえ、愁も一応女に興味あったんだ。意外だな」
「……うるせぇよっ」
晴弥の呟きに、照れを隠すように怒ったふりをして反応した愁が、それを見ていたアキラと遼が面白そうに笑っているのを知って更に小言を言うのを、晴弥は昨日の出来事がまるで嘘のようだと思いながら、平和な日常がいかに幸福なことか、静かに噛み締めていた――この時遼が、些か複雑そうな表現を浮かべていたことに、晴弥は――いや、誰一人として気付かなかった。
「そう言えば……」晴弥はふと、思い立って聞いてみた。「遼がそうする理由って、なんだ?」
遼が目線だけを晴弥に向けた。
晴弥からしてみれば、愁と一夜がゆかりを守ろうとする理由は分かるのだが、特別理由のない遼については少々疑問だった。