堕天使と殺人鬼--第4話---2
晴弥が目的地へ辿り着いた時、彼の元に幼馴染みの林道美月(女子十九番)が駆け寄って来て、声の音量を抑えながら挨拶をして来る。晴弥はそれに軽く返してから、立ったままグループ全体を見渡した。そして息を潜めながら(そうしなくてはならないような雰囲気だった)、誰ともなしに尋ねた。
「……なあ、なんかあったのか? どうしたんだよ、この空気。」
男子学級委員長を務める晴弥の親友の都月アキラ(男子九番)が、みんなの顔を見渡して、「ちょっと……」と躊躇い勝ちに答える。
それを横目で見ていた、普段より数段目付きが悪くなっている飛鳥愁(男子一番)が、けっと冷笑する。
普段は大らかな沼野遼(男子十一番)が、彼にしては珍しく不機嫌そうな表情を浮かべている。晴弥はこんなに怒りを露にする遼は初めて見る、と思った。
晴弥の顔をちらりと一瞬見て愁は、調度近くにいた女子不良グループの方へ睨むような視線を向けながら語った。
「どうしたもこうしたもねぇよ。そこのバカな女四人組が、人間として最低なことをやらかしたんだよ」
愁は明らかに聞こえるように、刺々しく言い放った。藤丸さやか(女子十四番)が、元からきつい印象のある目をちらりと向けて来る。続いて、細くて黒く色付いた脚を組んでいた永田玲奈(女子十一番)が、愁を睨め付けながら立ち上がった。
晴弥は慌てた。飛鳥愁は普段からキレやすいところがあったが、男はともかく女に対してこんなに露骨に、そしてここまで怒りの感情を露にしている彼は少なくとも晴弥の記憶にない。晴弥は記憶力に優れている訳ではなかったが、今まで見た中で初めてであると断言できる物だっだ。しかも本来なら声を荒げるはずの愁は、恐ろしく冷淡な口調で語ったのだった。その瞳には、明らかな軽蔑が含まれている。
玲奈に釣られるように立ち上がろうとする愁を、遼が静かに止めた。玲奈もさやかに制されてて、渋々と言った様子で座り直したのを見て晴弥はほっと胸を撫で下ろす。
そこで晴弥は初めて愁の、四人――と言う言葉に疑問を感じた。恐る恐る彼女たちを見てみると、何故かそこにいるはずの美吹ゆかり(女子十六番)の姿が見当たらない。辺りを見渡すとゆかりだけでなく、彼女の幼馴染みである男子不良グループ所属――名波一夜(男子十番)の姿も、そしてあの――鞠名充(男子十六番)の姿もないようだった。晴弥は訳がわからなかった。
結局その日は最後まで、美吹ゆかりは姿を現さなかった。昼休みが終わる頃に、へらへらと笑いながら鞠名充と無表情の名波一夜が戻って来たが、一夜はゆかりの荷物と自分の荷物を纏めて出て行ったっきり、その日は戻らなかった。二人は早退したようだった。
その日の帰り道は、林道美月と一緒に肩を並べて歩いた。家が隣同士の二人は、時々こうして一緒に帰っていたのだが、今日はなんだか会話が続かない。普段、美月は別に聴いてもいないことを何でも話して来るはずなのに、嫌な沈黙が続く。
沈黙に耐え切れなくなった晴弥は思い切って尋ねてみた。無論――本日の出来事について、だ。
美月は一瞬、足を止めて気難しい顔を浮かべた。何やら考え事をしているようであった。晴弥がその顔を覗き込もうとすると、すぐにまた歩き出した美月の後を追い掛けた。美月はそして、ゆっくり語り出したのだった。
美月の話はとても衝撃的だった。話はこうである。それは本日四限目の自習の時間の出来事だった。
これは、晴弥は知らなかったのだが――クラスで知らない者はいないと言われるほどの公認のカップルであった、鞠名充と藤丸さやかの二人が昨夜別れた。原因はどうやら充の浮気が発覚したらしかった。そしてその浮気相手は――美吹ゆかりであると言うことが発覚したそうだ。
それによりさやかを始めとする女子不良グループの面々、永田玲奈、千田稟(女子八番)、佐草麻奈(五番)が――約一年もの付き合いになる彼女の友人であるゆかりに、罵倒や暴言を浴びせ、暴力を振るったのだそうだ。都月アキラや沼野遼、名波一夜や男子不良グループのリーダー大場冬文(男子二番)が必死で止めようとしたが、一向に納まらないので無駄だと確信した一夜がゆかりを連れ出した。
ゆかりがいなくなったことによってさやかたちの標的が今度はアキラたちに向いた時、騒ぎを聞き付けて隣のクラスを授業していた先生がやって来て、漸く納まったのだそうだ。そしてその直後に、晴弥がやって来た。