堕天使と殺人鬼--第3話---1
けだるい身体を起こして、彼は思いきり背伸びをした。一体バスに乗り込んでから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
オリジナル・バトル・ロワイアル
堕天使と殺人鬼 --第3話--
〜最後の平和篇〜
昨夜の晩の蒸し暑さが嘘のような、涼やかな風が心地良く吹く秋日和だった。今日この良き日に、茨城県月沢村立月沢中学校第三学年は、三泊四日の修学旅行のため駅までバスで移動をしていた。行き先は定番の京都、奈良である。その駅なのだが、普段月沢中学校の生徒たちがよく利用する地元の駅ではなく、それよりずっと遠くの新幹線が利用できる東京駅まで行かなくてはならないため(三学年の生徒は約二百人いた。こんな大人数で一般の電車に乗ったら……言わずもがなである)、彼らが乗り込んだバスはすでに見慣れない道を走っていた。
会社へ行く途中の車が多い一般道路で、比較的ゆっくりと走るバスの群れの一番先頭を走っているそのバスの中では、欝陶しいほどの賑やかな時間が流れている。
ふと携帯で時間を確認すると、バスに乗り込んでから僅か一時間ほどだが経過していたことが分かった。よくもこんな騒がしい中で今まで爆睡していたものだ――そんな自分に苦笑しながら、水樹晴弥(男子十七番)は窓から見える景色をぼんやりと眺めた。
そこでバスが緩やかにカーブしながら商店街へ入る。左右に店がぎっしりと並んでいる道端には、遅刻気味らしく大急ぎで自転車を漕ぐ女子高生や、ゆっくりとテンポ良くジョギングをしている中年の女性、電信柱にぶつかったのかその下で顔を歪ませ大きな口を開けて泣いている幼児の男の子――いや、女の子か。そしてその子をあやす母親らしき女性の姿が見られる。更に奥へ進むと仲良く肩を並べるカップルだかなんだか、とにかく若い男女が手を繋ぎながら歩いていた。その男女を過ぎたところで、晴弥はなんとなくバスから見える景色を全くの意味のないものに感じて、顔を車内へ戻した。
晴弥の隣で、彼の所属する中間派とされるグループの一員である、一見爽やか優等生のような印象を受ける男子学級委員長の都月アキラ(男子九番)が上を見上げて、前の席から身を乗り出している同じく中間派グループの、耳たぶからピアスを覗かせ少しワルぶっている印象の飛鳥愁(男子一番)と、キレやすい愁の半ばおもり役のような存在になっている沼野遼(男子十一番)の三人で、何やら楽しげに談笑していた。
その横、晴弥とアキラの座る座席の通路を挟んだ向こう側から、晴弥の幼馴染で今もなお交友のある林道美月(女子十九番)が顔を覗かせてアキラたちの会話に割り込んでいた。無邪気に笑う美月のその表情に晴弥はどこか胸が温かくなる。これは、長年の幼馴染であることから生まれた家族愛に似た情――みたいなものだと思う。うん。
美月とは物心付く前からの付き合いであったが、他の三人とは中学一年生の頃からの付き合いであった。生徒が過ごし易い環境を作ることをある程度心掛けているこの月沢中学校では、一年の頃に生徒の交友関係を把握して、二年のクラス替え時には比較的仲の良い者同士を集めると言う制度がある。まあ、その変わり、三年時でのクラス替えはないが。だから彼らだけでなく、今のクラスメイトとはかれこれ一年と約半年の付き合いである。
起き上がった晴弥にアキラたちが声をかけてくるが、まだ少し寝ぼけている晴弥は四人の会話に特に参加せず、車内を見渡した。