刃に心《第−1話・剣に誓った初恋〜後編》-3
「大丈夫だから」
何かを言いたそうに握る手に力を込める楓に疾風はあやすような口調で言った。
疾風のシャツを握っていた楓の手がゆっくりと離れる。
その瞬間に疾風は地を蹴り、黒い野犬の鼻先に手刀を振り下ろした。
野犬が悲痛な鳴き声をあげ、文字通り尻尾を巻いて逃げていく。
疾風は身体を翻すと飛び掛かってきた茶色の野犬の腹部に掌底を打ち込む。
茶色は軽く飛び、地面に激突したものの、ふらふらとしながら起き上がった。最後の1頭がそれに近寄る。
疾風はその2頭を睨み付けた。視線を介し、去れと無言で語りかける。
数秒間、睨み合いを続けると2頭の野犬は立ち去った。
「ふぅ…」
思わず安堵の溜め息が口から漏れる。
疾風は楓の方を向いた。
楓は何やらぼんやりとした表情をしている。
「楓?」
「ふえっ!?」
疾風の呼び掛けに楓は奇声で返した。
「大丈夫だったろ♪」
にっこりと疾風が笑った。
───ドクンッ…
心臓がまた激しく動きだす。しかも、今までに無いくらいギュウギュウと胸が締め付けられる。
顔も何やら熱っぽい。
「楓?何か顔が赤いけど…」
ずいっと疾風が顔を近付けた。
「ッ!?」
思わず後退り。
楓は疾風に気付かれぬように深く息を吸い込んだ。
だが、いつもならこれで治まるはずの鼓動は未だ激しく動いている。
「風邪かな…」
疾風の手が額に触れる。
さらに身体がカァーッと熱くなるのが判った。
「───ッ!!」
楓は疾風の手を振り払うと一目散に家目掛けて走っていった。
「か、楓?」
物凄いスピードで駆けていく楓を見ながら、疾風はただただ呆然としていた。