***君の青 @***-5
「随分久しぶりだなぁ。元気だった?」
と、僕は言った。意識しなくても、興奮してつい声が大きくなってしまう。
「まぁ、そこそこ。絆も元気そうだね」
「ああ」
雫は肩に下げてあるボストンバックを、近くにあるテーブルにあげると、つかつかと僕のいるカウンターへ歩み寄って、「喉かわいちゃった。紅茶ちょうだい。アールグレイね」
と、スツールへ腰掛けた。
「ごめん、今切らしてる」
僕が言うと、雫はむぅと口を尖らせ、座面と一緒にクルクルと回りながら、今度はちょっと不満そうに、
「じゃ、ジャスミン」
と、言った。
「分かった。ちょっと待ってろ」
実を言うと、僕は紅茶にはそこそこの自信があった。これだけは親父とお袋からもお墨付きを頂戴したほどだ。だから、二人が旅行中の間の仮のメニューにも紅茶は載せているし、コーヒーのように消極的になる必要もなく、こうして普通に注文を受けることが出来る。
「・・・でも急にどうしたんだ。連絡もなしにくるなんてさ」
僕は紅茶缶の蓋を開けながら言った。
「何言ってるのよ。今朝電話したんだよ。けど、誰も出なかったの」
朝、僕を驚かせた電話は雫だったのか、と心の中で呟く。
「絆は寝てると思ったから、おじさんかおばさんが出ることを期待したんだけど、結局誰も出なかったから切ったの」
そう言いながら、雫はきょろきょろと辺りを見回した。どうやら、久しぶりに来た幼なじみの家を懐かしんでいるらしい。
「変わらないね、OZも」
少し間をあけてから、呟くようにして彼女は言った。僕は口元に笑みを浮かべ、何度か頷きながら、出来上がった紅茶をカップへ注いだ。
「雫も懐かしいだろ」
カウンターに肘をついている雫の前に、「どうぞ」とカップを置くと、彼女は立ちのぼる香りに鼻先を寄せ、白い歯を見せてニッと笑った。
「あ!おいしいね。紅茶煎れるの、うまいんだぁ」
雫はそれを一口飲むと、屈託のない笑顔で笑った。
「これだけは得意でさ」
と、少し自慢気になって言ってみる。
「ふぅん、じゃあ今度から毎朝煎れてもらおうかな」
「・・・はい?」
突然の彼女の一言に、思わず僕の声も裏返る。雫はそんな僕の顔をまじまじと見つめながら、さっきのように笑った。
「今日からしばらくの間、ここで厄介になるよ」
驚きのあまりに、一瞬、僕は言葉を忘れた。
「な、なに?」
声を絞り出してようやく聞き返すと、雫はにっこりとしたまま、さっき置いた黒のボストンバックを指差した。なるほど、と思う。おそらくあのバックの中には、その厄介になる間の着替えだのなんだのが入っているのだろう。一瞬冗談かと思ったが、ここまでくるとそうではないことがはっきりとしてくる。
大体、彼女に限ってこんな冗談を言うはずがない。多分・・・本気だ。
「理由は?」
僕はため息混じりに言った。
「理由?」
と、雫がつかさず聞き返す。
僕は頷きながらカウンターを出て、彼女のボストンバックへと近づいた。
「聞きたい?言ったら泊めてくれる?」
それを目で追いながら、雫は言った。僕は膨らんだ荷物を叩きながら、もう一度深く頷いた。まぁ、その理由が本当のことならいいだろう。それにこっちにはそれを知る権利がある。それを聞かないことには、ここに住まわせるわけにはいかない。
雫はあごをしゃくって、
「ねぇ、絆」
と、静かに切り出した。
「君は覚えてる?小さい頃、二人でよく青い鳥を探しに冒険へ出かけたこと」
「覚えてるよ。結局見つからなかったけどね」
僕は彼女のボストンバックを肩にかけ、カウンターに向かって歩き出した。