riverer-1
バスは無情にも行き先から遠ざかっていく。どうやらバスを乗り間違えたようだ。つい一年前まで住んでいたこの町でこんな目に逢うとはつくづく自分に呆れてしまう。
橋の手前で降りた。次のバスは一時間後らしい。時間を持て余したので河川敷を散歩することにした。道に沿って歩いていると遠くに人影が見えた。ちょっと近くのコンビニでも教えてもらおうと思い、俺はその人の元へ近づいていった。芝の斜面には同じくらいの年の女の子が座っていた。肩くらいの黒髪を風になびかせ、ぼんやりと川面を眺めている。その大きな瞳はどこか悲しげに揺れていた。声をかけるわけにもいかず、俺はそこに立ちつくしていた。
すると彼女は俺に気付いたようだ。立ち上がり、こっちに歩いてきた。
「どうかしたの?」
俺は自分の現状を説明した。バスを間違え、よく分からない所に来たこと、帰ろうにもバス時間がまだまだで途方にくれていたことを。
「そう」
そういって彼女はまた元の場所に座り直した。俺はなんとなく彼女の隣に腰かけた。芝の匂いが鼻をかすめる。
「何してたの?」
俺は聞いてみた。
「別に。ただ川を眺めてただけ」
そっけなく答える。
「よくここに来るの?」
「別に。たまたまよ。他に何か用事でも?」
「別に」
彼女は視線を元にもどした。
俺を不審がるわけでもなく、ただ川の流れを目で追っていた。どこか儚げで可憐な彼女の横顔にしばらく俺はみとれていた。
「あなた地元の人?」
不意に彼女が口を開いた。
俺は我に返って答えた。
「実家はこっち。今帰省してんだ」
「そう…。」
それっきりまた彼女は黙ってしまった。聞いてみたいことは色々あった。だが、言葉が出てこない。ただ、冷たい風が彼女の髪を撫で、甘い匂いを運んできただけだった。 しばらくそのままたたずんでいたら、ふとバス時間を思い出した。携帯を見るとあと十分である。俺が立ち上がると不意に下から声がした。
「明日もまた来てくれない?」
不思議な話だ。ただ通りかかり、いきなり隣に腰かけてろくに話もしなかった男にそのようなお願いをするとは。しかし、俺はとっさに返事をしてしまっていた。
「ああ、いいよ」
すると彼女の表情が少し緩み、
「天谷羽実、19歳よ」
と言った。
今日唯一の自分についての話だった。
「雨沢夏希だ。俺も19」
と言い、俺はバス停へ歩きだした。
バスは駅へ引きかえしていった。ふと今日何をしに行くはずだったかと考えたが、天谷羽実のうつむいた横顔と一瞬の笑顔が交互に浮かんできただけだった。