ケイと圭介の事情(リレー完全編集版)-32
「…ふぅ、今回はさすがにヤバかった」
更衣室を出てから壁に寄りかかったケイは顔を朱くしながら誰にともなく呟くと深呼吸をした。
ケイの顔の赤みが取れる頃、香織が着替えを済ませケイと同じ様に衣装の上にコートを羽織ってはにかみながら女子更衣室から出てきた。
「これ、ちょっと恥ずかしいね…」
「…うん、そうね。香織ちゃんこの格好って寒くない?」
ケイが尋ねると香織は笑顔で答えてくれた。
「ほら、あたしってずっと剣道をやってたからいつの間にか寒さに耐性が出来ちゃったのよねぇ」
「そ、そうなんだぁ…」
香織の言葉にケイは彼女が剣道の有段者であり全国レベルの強者であることを思い出した。
二人でそんなことを話しながら教室に戻るとクラスのみんなが期待に満ちた目でケイと香織を見つめるのだった。
「え、えーっと…この視線は一体…」
「みんな二人が戻ってくるのを今か今かと待っていたのよ」
香織の不安そうな問いに加奈子が楽しそうに答えると二人のコートを脱がそうとした。
すると同時に他のクラスメイト達が窓のカーテンを閉め、教室のドアにある窓ガラスに紙を張り外から見えないようにしたのだ。
「随分物々しいのね…」
ケイが半分呆れた感じで言うと加奈子が「まあ、当日までの秘密ですから」と言いケイからコートを受け取った。
ケイと香織がコートを脱いでステージ衣装の姿を見せるとクラスのみんなからどよめきの声と歓声が上がった。
女子は嬉しそうにキャーキャーはしゃぐのはご愛嬌ということでもいいとして、残りの男子によるスケベな視線にはやはり抵抗を感じるケイだった。
「ケイ、大丈夫? なんか顔色悪いけど」
「え、ええ…ちょっと悪寒がしただけだから…」
耳元で小さな声で尋ねる香織にケイは同じく小声で答えると、香織はケイが気にしていることに気付いたらしく加奈子達クラスの女子を集めると何やら指示を出し始め話が終わるとクラスの女子達は教室にいる男子を追い出し始めたのだ。
ブーブー文句を言う男子達を教室から追い出しそこに残った性別的な男子はケイだけとなった。
まあ、その姿は完全に女の子なのだがその事実を知る者はこの教室には誰一人としていなかった。
そして、そんなことを考えるケイをよそにクラスの女子達はケイと香織を囲んであれやこれやと衣装のことやメイクの方法等に話の花を咲かせるのだった。
比較的女の子のファッションやメイクの話題には立場上敏感であるケイであったが、それはあくまで仕事上の話であり今回みたいにたくさんの女の子に囲まれてそういった話をする状況には慣れていないこともあって、ケイは少し緊張しながら質問などに答えたりするのだが結果ケイの新たなイメージは『いつもクールな雰囲気だけど可愛いところもある』ということで落ち着いた。
こんな状態の教室内であったが、それでも明日のライブの打ち合わせはきっちり終わったことにケイは感心したのだった。
そしてその後、ケイが校舎を出て家路に着こうとした時にたくさんの生徒達から声をかけられ最後にはその笑顔からも疲れが滲み出ているのがわかる程だった。
それでもみんなの持つ『ケイ』という女の子のイメージを壊したくないと思った圭介は疲れがピークを達しても笑顔を絶やさず騒ぎが一段落するまで頑張ったのだが、異変が起きたのはそろそろ限界かと思われた時である。
ケイの身体が不自然にふらついたその時、周りの人垣の中からケイの腕を掴み支える腕が現れた。
「ちょっとケイ、大丈夫なの!?」
「…えっ!? ええ……」
ケイを支え声をかけたのは香織だった。
顔色の悪いケイを心配する表情で見つめる香織はケイを人垣の中から引っ張り出すと人気のない場所まで連れて行き向かい合うとため息をついた。
「ダメじゃない! 体調が悪い時は悪いって言わないとわからないわよ」
「……ごめん…」
香織の思わぬ剣幕にケイは神妙な面持ちで謝った。
それは香織が本気で自分のことを心配していることが痛い程わかる為に出た心からの謝罪の言葉だった。
「確かに明日の本番は大事だけど、それよりもケイに何かあったらあたしどうしたらいいかわからなくなっちゃうよ」
「香織ちゃん……そこまで心配してくれてありがとうね」
怒りながらも真剣にケイの心配をする香織にケイは思わず涙ぐみそうになった。