刃に心《第12話・サイレントトランスファー〜無口な転校生》-1
「…これが最後だ」
揺らめく蝋燭の炎に照らされた男が言う。部屋は暗く顔ははっきりとしない。だが、その瞳だけは薄闇の中でも爛々と光っていた。
「…良いな?」
「………はい…」
相手が口を開く。小さく抑揚のない声。その膝元には一枚の写真が置かれていた。
「…必ずやそやつを殺せ」
男は冷たく、吐き捨てるように言うと、音も立てず消えるように部屋を出ていった。
残された者はただ、じっと写真を見つめていた。
顔を隠すような長めの前髪と眼鏡。平凡な少年がそこに笑って映っていた。
《第12話・サイレントトランスファー〜無口な転校生》
◆◇◆◇◆◇◆◇
「え〜、わたくし田中彼方は本日CIAもKGBもMI6もPTAも手に入れていない、とてつもなく重大な機密を入手致しました!!」
朝のホームルーム前からテンション高めの彼方が言う。だが、周りは一部の者達を除けば、誰も口を開かない。
固唾を飲んで内容を待っているわけではない。
ただ、彼方のテンションに合わせるのが疲れるから喋らないだけなのだ。
「では…その気になる機密とは……」
そんなことなど無視して彼方は溜める。溜めに溜める。みの○んた並みに溜める。
「……何と!転校生が来ます!!」
「「パチパチ」」
「はい。そこのまばらな口拍手ありがとう」
「で?」
「で?って…転校生だよ、転校生。しかも女だからテンションも上がるでしょ!!」
「わーい。転校生だー」
「転校生だー」
「はい。どうでもいいけどとりあえず盛り上げとけ、みたいな歓声ありがとう」
「ふーん…」
武慶が授業の予習をしながら、適当に相槌を打つ。
「しかも、名前も調査済みさ!クロヤハナカさんって名前らしい!」
そう言うと彼方は武慶の筆箱から無断でシャーペンを拝借し、机に『華花』と書いた。
「多分、こんな感じの花みたいな愛らしい字なんだろうなぁ…そして本人も愛らしいんだろうなぁ…♪」
うっとりと目を細める彼方。
「疾風…こやつはイケナイ薬でも打っておるのか?」
「どうだろう?……打っても打っていなくても、あんまり変わりないと思う…」
妄想という脳内麻薬に侵された彼方を疾風と楓は憐憫の情を込めて眺めていた。