そんなふたり-1
とある町の一角にある古い小さなアパート。築36年らしく、次の台風がくれば木っ端微塵に吹き飛ぶのではないかと心配されるそのアパートの2階に若い男女が慎ましく同棲して暮らしていた。
「なぁ、ナオミ。今週末映画見に行きたいって言ってたろ?このさぁ、“インディジョーズ”なんておもしろそうじゃないか?」
男は、狭い部屋の変な色をした壁に背中をあずけて座り雑誌をめくっている女に尋ねる。ふたりは週末にデートに行く約束らしい。
「…あたしは“男たちの賛美歌”が見たいわ」
女は雑誌から顔もあげずに答えた。
「え?君ってそんな映画好きなのか?…まぁ、あれはあれでおもしろそうだからいいか…。僕もちょっと気になってはいたんだよなぁ…」
この男は優柔不断であるらしい。
女がまたもや雑誌を読んだままの態勢で口だけを開く。
「あたし映画よりも温泉がいいわ」
「そうか?…君が映画観たいって言ってたのに…まぁそれでもいいけどさ。じゃあ旅館をこれから予約して…」
この男に意志や決断といったたぐいのものは存在しないらしい。
「今週末は海に行きましょう。」
女は眉一つ動かさず言う。
「…じゃあレンタカーを借りて…」
「あたし山菜取りに行きたい」
「…それならちょうどばあちゃんちの裏山がスポットで…」
「お寺巡りなんていいんじゃない?」
「…じゃあどんなコースで…」
「クラシックのコンサートに行きましょう」
「…今すぐチケットとらなきゃ…」
「おいしいものがたべたいわね」
「…グルメガイドは、っと…」
「いっそ海外でも…」
「いい加減にしろ!!」
キレた。
女も女なら男も男だろ。
ここではじめて女が顔を上げた。未だ無表情で、興味なさげな様子は変わらずだが。
男は興奮気味にわめきだした。
「いったいぜんたいなんなんだよ、君は!いつだってそうだ!僕が右なら君は左。僕が上なら君は下。僕が北なら君は南。僕がミディアムでライスなら、君はヴェルダンでパン。いつもいつもそうやって君は僕と違う選択をしたがるんだ!なんだって君はそうあまのじゃくなんだ!」
「別にそんなの個人の自由じゃない。あたしはあたしの生きたいように生きてるだけよ。あなたにあたしの選択を束縛する権利は無いはずよ。」
女、至って冷静。
一方、男は相当興奮しているらしい。