投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夢の雫
【ファンタジー 恋愛小説】

夢の雫の最初へ 夢の雫 5 夢の雫 7 夢の雫の最後へ

夢の雫-6

「こんなの怪我のうちに入りません」
「何回目ですか、それを言うのは」
「…」
「次から来ては駄目です」
そう言って神柳はポンと軽く瑞穂の手を叩いた。手当てが終わったという動作だ。
「瑞穂はですね。浄様の役に立ちたいんだけなんですよ」
「何度も言いますが、瑞穂は学校に通い、勉強をして普通に生活を送っていれば良いのです。少なくともわたしはそれで満足です」
「でも」
「でももだってもありません。次からついて来たら」
そこで神柳は言葉を切った。その先が思いつかないのだ。
「ついて来たら、なんですか?」
不安そうに神柳の顔を覗く瑞穂。その目は透かして見えそうなほど美しい目であった。
そんな目を見ると神柳はいつもたじろいでしまう。
自分がこの年まで瑞穂を育ててきた賜物ではあったが、それが何だか申し訳無くなってしまうのだ。
「罰を与えます」
頭を捻り何とか繰り出した言葉がそれだった。
「罰、ですか」
罰、瑞穂は想像を巡らせた。
しかしなかなか彼女の頭にピンとした物が浮かんでこない。
それは神柳も同じだった。瑞穂にとってどんな罰が一番堪えて、ついて来ることの抑制になるか、彼にはよくわからない。
「さて、ではわたしはこれで」
靴を下駄箱に仕舞い、神柳は立ち上がった。
瑞穂が罰についての質問をぶつける前に失礼するつもりである。
「浄様」
「…罰についてのことですか?」
「いえ、違います。最近浄様は一人で寝ていますが、どうして瑞穂と寝てはくれないのですか?」
瑞穂は寂しそうに言った。
「浄様は瑞穂に愛想をつかせてしまったのですか?」
そう言って、泣きそうな目で神柳を見つめる。
神柳が最近瑞穂と一緒に寝ない理由、それは彼女が大きくなったからだ。
中学に上がって一年近くになると言うのに、一緒に寝ていると言うのは世間とあまりにズレている。
そう思い、何日か前から実行に至ったのだ。
「何を言ってるんですか、わたしは瑞穂の事大好きですよ」
安心させるように、神柳は瑞穂の髪を撫でる。
長くしなやかな母親譲りの美しい髪が彼は大好きだった。
「で、でも。最近お風呂にも一緒に入ってくれませんよ?」
そういえば、今月に入ってから一緒に風呂に入るのも止めたのだった。
彼女が不安がるのも無理が無いのかもしれない。
「はっ」
瑞穂は何かに気づいたように目を見開いた。
「わかりました。浄様は瑞穂が言うこと聞かないから嫌ってしまわれたのですね」
瑞穂の目がみるみる絶望の色に染まっていく。
神柳に嫌われた、勝手にそう思い込んでいるのだ。
「それは違…」
とそこで神柳は考えた。
瑞穂の一番堪えること、どうやらそれはとても簡単なことのようだ。
「よくわかりましたね。その通りです」
やっぱりそうなのですね、と顔に書かれているんじゃないかというほど彼女の表情はわかりやすく変化した。
そのまま彼女はショックを隠せず固まってしまった。
「じゃあこれならどうです?もうついて来ないと誓うなら、今日からまた一緒に寝ることにしましょう。でも、もし来たら…」
「本当ですかっ!」
瑞穂は音がするほどの勢いで顔を上げると、満面の笑みで喜びを表現した。
そんなに30過ぎた男と一緒に寝ることが楽しいのだろうか、神柳には到底理解できなかった。
「はい、約束を守りさえしてくれれば」
「ありがとうございます!」
それを聞いた途端、瑞穂は枕を取りに二階へ走り出した。
神柳はそれを呆れた様子で眺めていた。
「子育てとはわからないものですね、姉さん」
神柳はしみじみと呟くと後を追うように階段を上っていった。


夢の雫の最初へ 夢の雫 5 夢の雫 7 夢の雫の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前