まるでたいらかな乳房-3
「…髪……トリートメントしてやろうか?」
僕はなにげにつぶやいた。
「いいの?」
「うん、なんか痛んでるし。」
「よっしゃ。俺もう切ろうか迷ってたんだよね」
「倫太が短いのは似合わないよ。じゃ風呂に入って。半身浴みたいにしててよ」
風呂という言葉に一瞬彼がビクンと反応したけれど、僕はかまわずにトリートメントの用意をした。
僕の姉が美容師なので家で姉の実験台にされる事がしばしばあり、やり方は心得たものだった。
しかも僕は美容師という職業がなかなか好きで高校をでたら専門学校にいこうと思っていた。
だから……不自然ではない。
彼の母親の鏡台にあった椿油とサランラップを無断拝借する。
風呂場に行くと緊張した面もちで彼が入っていた。
白いバスタブは外国の物のように壁や床から独立して、猫足をつけた華奢なものだった。彼の部屋から椅子を引っ張り出して座り作業を始めた。
重い彼の頭に触れる。
甘い電流が指に伝わる。
彼は無言だ。
僕も無言だ。
ちゃぽん。
水音が響く。
まず彼の濡れた髪にシャンプーを。
はじめに泡立てておいてから根元をマッサージするように、指の腹を使って丁寧にもみ込んだ。
毛穴から脂や汚れを揉み乱すイメージでゆっくりと、それでいて力を入れて頭皮をだんだんとほぐしてゆく。
それから十分に泡をゆすぎ流してトリートメントの用意をした。
とてもお互い無口だった。
彼が時たま腕や足を動かすときだけ、こもった風呂場に音が響いた。
乾いたタオルで髪の水分をふきとってから、トリートメントをマスカット二個分手のひらに載せ、数滴の椿油を足す。
椿油の瓶はガラスでできていて、古臭い独特の香りがした。
でもこれが大切なのだ。
重要なのはどのトリートメントを選ぶかよりも椿油を使うか使わないかできまる。
あとどれくらい浸けるのかも。多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。
それらをよく混ぜ合わせて、彼の髪の毛先から順々に塗って揉みこんでゆく。
あとで仲間はずれがでないように、全体に根気よく揉みこんでゆく。
そうして暖かい彼の頭にトリートメントをなじませる。