痛みキャンディ7-1
あの景色を見れば何かが変わる気がしていた。
あの景色。
暖かいぬくもりを…
おれは決心を決めてアパートを出たはずだった。
足を踏み出した途端こういった思いに縛られてしまった。
また捨てられるんじゃないのか?
どうせ今さらおれに居場所なんかないんじゃないのか?
無意味だと。
怖くなった。
逃げ出したいくらいに。
逃げることは簡単だ。
振り替えればまだアパートは目に映るから。
戻りたかった。
これ以上痛みを思い出したくなかった。感じたくなかった。
足が進まない。
おれは立ち止まって右手を握りしめて振り上げた。
硬くなった拳が右の頬にめり込む。
逃げるな。
逃げるな。
自分に言い聞かせた。
顔を上げて何も考えないようにして駅に向かった。
右頬が痛い。
弱い心をおれは殴り付けたんだ。もう後悔しないために。
クゥの元気な姿が脳裏に浮かんでは消えていった。
駅に着くと行き先を確認してホームに向かう。
対岸のプラットホームに立つ男性がおれを見ている。おれは目を反らして目的地に向かった。
その時…
「上原〜!!」
とおれの名前をデカい声で呼ぶ。
おれはもう一度視線を戻して男性を見つめた。
見覚えのある顔、中学校の先生だった。
おれは軽く頭を下げて、その前は視線をあわせないようにして電車に乗り込んだ。
胸がチクっとした。
そうあれはおれの過去を知る男。
おれが触れたくない心の奥を知る人だったから。
中学時代おれは何かに苛立った毎日を送っていた。
暴力事件
破損届け
反省文
校長室。
全部が敵だった。
おれは全てに苛立っていた。
「おまえは屑だ。恥だ。どんな教育を親にされたのか聞きたいもんだ。」
「おまえみたいに親のいない奴はだからそんな人の迷惑にしかならないんだ。」
おれの全てを否定する大人たち。
一体おまえらの何が正しくておれを裁く権利があるんだ。
おれは苛立っていた。
本当は認められたかったんだ。
見てほしかった、気付いてほしかったからあんな事をしていたんだろう。
「おまえは悪くないよ。」
そう言ってほしかっただけなのに。
大人たちはおれを人として認めなかった。
学校には不要の存在というレッテルを張りつけて潰したかったんだろう。
その時のおれの声は誰にも届かなかった。
ある日午前中にサボろうと下駄箱にいたおれを呼び止めたのが、さっきホームにいた人だ。
名前は思い出せない。
「上原よぉ。」
そう言っておれの頭に優しく手を乗せた。
その手は大きくゴツゴツしていたけど、とても暖かかった。
優しかった。