Mirage〜4th.Weakness-7
「無駄にバイトして、金貯めたはいいんですけど、お金の使い道に困ったんです。1回生、2回生で車もバイクも免許取ってましたし、大型の免許も二輪にも四輪にも別段興味もなかった。ちょうど、春先でしたから。走りに行きたいって理由で乗り物買おうと思ったんですけど、車を買うには金額が微妙でしたし、買ったとしてもどこにも置けませんから。それで。本当に、それだけの理由です」
そう。これは事実だ。車の免許は親が早めに、と言うので渋々取得したので、自分の金は一切使ってはいないが。
「お金、貯めておこうとは思わなかったのか?」
先輩は少しあきれたような目で僕を見ている。無理も無い。
「思いませんでしたね。全然。何だか、早く使い切った方が良いような気がしてまして」
先輩は呆れたような、納得したような、複雑な表情をして僕から視線を逸らし、革の方へと目を向けた。当たり前と言えば当たり前だが。
さわさわ、さわさわと流れていく川を眺めているのは僕たちだけではない。10数メートルはなれた隣のベンチではお互いに体重を預けあう若いカップルが、橋の上にはもう還暦に近いであろう老夫婦がその穏やかな空気に身を委ねていた。喩えるならそれは一つの水槽の中のようでもあった。広く、しかし暗い部屋の中に置かれた、大きくも小さくも無いサイズの水槽。わずかな光源に群がるいくつかの種類の魚たち。彼らは広い部屋の中で一つの社会を形成する。けれど彼らは、水槽の外の世界を知らない。──否、知る必要などないのだ。寄り添える空間、それだけが彼らの社会なのだから。それがちっぽけな人工のアクアリウムだとしても。