Mirage〜4th.Weakness-6
重厚な駆動音、排気音が僕の耳を突く。
いつもの疾走感はほとんど感じない。ほとんどの風は僕の目の前の細い壁によって分散されている。
不機嫌そうなアイドリング音の横を抜け、渋滞を躱(かわ)す。
生まれ変わりつつある世界と世界の狭間。
煌びやかなイルミネーションは視界に入っては糸を引いて消えていく。
まだ夜は早いとはいえ、眠らない街は今日も必要以上に賑わいを見せていた。
その明るすぎる街並みを越えると、街は徐々に取り戻すように静まり返っていく。同じ通りとは思えないほどの静けさに、僕はいつも首を傾げる。
ここまで来ると、彼女の行きたい場所は大体予想はついていた。
「着いたぞ」
奥原先輩はそう言うと、シートに跨ったままスタンドをかたん、と倒した。続いてフルフェイスのヘルメットを外すと、ふぁさ、と長い髪が呪縛から開放されたようにその縁から零れた。エンジンを止めると、川のせせらぎの音が少しだけ僕の耳にも届く。
マルチリフレクター式のヘッドライトは、有名なデートスポットの看板を照らしていた。市内を真っ二つに縦断する川の上流に架かる、光の橋。月への架け橋とはよく言ったものだ。
「まさか先輩にこんなところに連れてきてもらえるとは思ってませんでした」
看板を眺めたまま、ありのままを僕が言うと、奥原先輩は少しむっとしたように僕を睨んだ。
「私とじゃ不服だとでも?」
思えば、それは先輩が見せた一番22歳の女性らしい表情。その後に続いたセリフがもっと違えばこれからはよりかわいらしい女性として見れたかもしれないのに。
「──にしても、やっぱりネイキッドは腰が疲れるな」
僕の返答を待たずに、先輩はうんざりしたように腰を回した。
「先輩がバイクに乗ってるなんて初耳です。何に乗ってはるんです?」
僕が尋ねると、先輩は『影』という名を与えられた国産のアメリカンの名前を挙げた。『影』というのがあまりにも先輩に不似合いで僕は思わずくすり、と笑った。
「そうやって笑うけど、キミはどうしてこんな教習用と同じバイクなんかに乗ってる?」
先輩は少し僕の笑みを誤解しているようだったが、僕はあえて説明はしなかった。
──それにしても、乗りたい、と言ったのは自分のクセに、人の愛車にケチをつけるとはどういうつもりだろう。
「別に、バイクじゃなくたってよかったんですよ」
先輩からキーを返してもらい、僕は手近なベンチに腰掛けた。そこから見える月は掛けていて、満月はおろか、半月ともよべないような中途半端な形で空にぶら下がっていた。その姿はどこか、すいませんねぇ、苦笑いを浮かべているようでもあった。