Mirage〜4th.Weakness-15
──どれぐらい笑っていただろうか。もう最後の方はどうして笑っていたのかもわからない。笑っているのが楽しくて仕方ない、とでも言えば説得力の欠片ぐらいはあるだろうか。
「先輩が、こんなに、笑う、人だって、知りま、せん、でしたよ」
「私だって、君が、こん、こんなに、笑う、ところは、初めて見た、よ」
お互いに爆笑の余韻が抱えたままたどたどしい言葉を交わした。それも可笑しく思えたのだが、これ以上はもう笑えなかった。
互いに息も整い始めた頃、先輩が口を開いた。
「君は、いろいろなものを抱えすぎているんだろう」
表情をいつもの口の端をくぃ、と上げる笑顔に直し、先輩は僕に言った。
「わかりません」
僕は言った。どうしてだろうか。僕の心は開け放たれていた。太陽に向かって窓を開けるイメージに限りなく近い。
「何も怖くはないんです。何も恐れてはいないんです。問題なんて何も無いはずなんです。でも」
「でも」
と先輩は先を促すように言った。
「でも、心の中に、暗い部分があるんです。闇、とでも言えばいいんでしょうか。別段、それがあるからどうというわけではないんです。闇の内側から何かが這い出してて来るわけでもなければ、闇に取り込まれてしまうようなこともないでしょう。けれど、その存在がとても気になるんです。でもそれは決して恐怖じゃない」
そう、絶対に。俺は怖くない。
「そうか」
先輩の身体が近寄ってくる。薄いカットソーから体温が伝わるまでに近づくと、先輩は僕の頭に手を回した。
「そうだ。君は弱くない」
諭すような口調だった。僕は安らぎを覚えていた。
「君は怖くない」
先輩の声はどこか母のように聞こえた。実家の母親のことではない。もっと潜在的な、人間の深い部分に根付いている『母親』のイメージ。
「だから、向き合う。だから、戦う。だから、君は探す」
何を、とは聞かなかった。もう、僕にだって分かっていたから。
いや、とうに分かっていたはずだった。それに背中を向けていたのは他の誰でもない。僕自身だったのだ。
僕は弱い。
僕は怖い。
僕は──。
「君ならできるさ」
僕の虚栄の鎧など、とうに剥がされていた。いわば僕は彼女の前では丸裸も同然だった。
いや、それどころではないのかもしれない。
気がつけば、僕は身体を丸め、先輩の柔らかな肩に顔を埋めいていた。
胎児。こんな僕を見れば人はそう言って嗤うだろう。