■ＬＯＶＥ ＰＨＡＮＴＯＭ■七章■-1
靜里と叶の二人が同棲を初めて、一カ月が経った。この街にも、冬が住み着き、辺りは白く雪に埋め尽くされている。今年は、例年よりも積雪量が多く、そのためか妙に歩行者が少なく感じられた。このような厳寒の中、時折顔を見せてくれる太陽は、積もった雪を輝かせ、何よりも寒さの苦手な靜里を喜ばせた。
先週から、大学も冬休みに入り、靜里の時間はゆっくりと流れている。幸子はいまだに「あいつは苦手」と言って叶を敬遠したまま、なかなか靜里の家へは遊びに来なくなった。 なので彼女とは電話のやり取りしかしていない。
「ねぇ叶」
テレビを見ながら、ベッドに寝転んでいる、靜里が言った。
「なんだ」
すると奥にあるキッチンから、ひょいっとエプロンをした叶が顔を出した。
片手には洗い物が握られ、鼻の先には泡の破片がつき、足元にはスリッパがはかれている。今のこの姿から、初めて会ったときの、あの冷たい印象はみじんも見当たらない。靜里は、叶の姿を見るなり吹き出した。
「似合う！何度見ても似合ってるよ叶！あっははははははは」
靜里の笑い声がより大きなものになり、叶はむっとした顔で、
「用がないのなら呼ぶな。洗い物の途中だ」
いそいそと奥へと入って行く。
二人の間には、同棲するにあたって、幾つかの規則が作られた。（もちろんそれは家の主である靜里が考えたものだ）第一に朝食、昼食、夕食は靜里が作ること、食べ終わった後の洗い物は叶がすること、部屋の掃除は一週間の交替制、そして買い物は二人で行くこと。
どれもたいして問題のある規則ではないので、叶は快く承知したのだが、靜里はどうしても叶のエプロン姿に慣れることが出来ず、見れば大爆笑していた。なので、叶は洗い物をするときに限っては機嫌が悪く、最近ではこの規則を取りやめようとも考えている。
「叶」
靜里はベッドから上体を起こし、叶を呼んだ、が、水の音だけで返事が返って来ない。
「ねぇ叶。怒ったの？」
「・・・・いや」
蛇口を閉めると、叶が居間へ戻って来た。食器類は棚へ片付けられ、エプロンは洗濯機の中へほうり込まれている。
「ごめんね。でも、あんまりにもかわいいんだもの」
子猫のような瞳で、靜里は叶を見上げると、叶は彼女の頭をグリグリと撫でベッドへ腰掛けた。叶がベッドに座ると、一瞬、ぎしっときしむ音がする。それはいつもの事だ。その度に靜里は「壊れたらどうしよう」と不安がる。それもいつもの事だった。
叶は靜里の隣へ座り、後ろの壁へ背をつけた。すると靜里は、ゆっくりと叶の肩へもたれ掛かり目を閉じ、一人つぶやく。
「幸せだなぁ」
「・・・・」
そんな彼女を横目に、叶はふっと笑う。
その吐息にも似たような笑いに、靜里はゆっくり目を開け叶の顔を見た。
「どうかしたの叶」
靜里の言葉に、叶は首を横に振ると、頭を後ろの壁につけ天井を見上げる。
「やっぱりさっき笑ったこと怒ってるの？」
心配そうな顔をしながら靜里が言うと、叶は視線だけを天井から、靜里へ移し、言った。 「こうして、ずっと、一緒にいれたらいいと思った」
「何言ってるのよ、ずっと一緒よ私達」
何の疑いも持たず、靜里は叶の太ももの上へ頭を横たえ、彼の顔を見上げながら笑った。叶は靜里を見下ろしながら、微笑み、そして優しく、髪を手ぐしでほどいてやった。すると靜里の、微かに匂う甘い香りが叶の鼻先をくすぐり、叶は思わず目を細める。
「・・・・怖いんだよ。夜眠るのが・・・次の朝、目覚めればお前がいなくなっているんじゃないかって」
「叶・・」
「ずっと、捜し求めていたものがここにあるんだ。もう無くしたくない」
叶はじっと靜里を見つめ、
「どこにも行くなよ」
優しい顔で笑った。
それを見た靜里も、同じように笑い、叶の頬へ自分の両方の手のひらをすりよせ、
「約束する。でも、叶もいなくなっちゃやだよ。どこにも行かないでね」
と、顔中が笑顔になる。
「ああ」