淫魔戦記 未緒&直人 3-19
産まれた赤ん坊は、一年に二つから二つ半ほど年をとって成長した。
当人いわく、『産んでくれた事と育ててくれている事が、奇跡に近い。だからなるべく早く大人になって、お前達の前から消えようと頑張ってるんだ』そうである。
魂の形に合わせて、肉体は変化するのだから。
「……おい」
少年らしい澄んだ声で、伊織は言う。
「こんな場所でいちゃつくな。匂いがぷんぷんしてるぞ?」
「え、嘘?」
「人間には分からないだろうがな……おやっ?」
伊織は鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「は、はあん……こいつはめでたい」
「めでたい?何が?」
「未緒。お前妊娠してるぞ」
「嘘ッ!?」
「匂いからして着床してすぐだな。おめでとう」
二人は顔を見合わせた。
「あら、まあ……」
「びっくり……」
伊織はくすくす笑う。
「子供ができたか……それじゃあ、もうすぐだな。お前にプレゼントが渡せる日は」
「本当!?」
伊織の言葉に花嫁−神保未緒は、顔を喜びで輝かせた。
「プレゼント?」
花婿−神保直人は、不思議そうな顔をする。
「そう、プレゼント。伊織が私達の前から消える時、渡してくれる報酬」
未緒は、そう言って微笑んだ。
「俺が近親である事と純血である事とを利用して行う事だ」
伊織が笑う。
「未緒を普通の人間に戻す」
「……はぁ!?」
直人が妙な声を出した。
「淫魔の持つ吸精能力を使う。血の近しさと純血の強さがあれば、淫魔の未緒を分離する事が可能だ」
伊織はさらりと言う。
「吸収した淫魔としての未緒は、俺が消化できさえすれば俺の力となる」
「私が伊織を産もうと決心したのは、この報酬があったからよ。もちろん、理由はどうあれできてしまった子を堕ろすなんて真似ができなかったというのもあるけれど」
未緒は直人の目を覗き込んだ。
「確実ではないから、ずっと秘密にしてたの……怒った?」
ややあって、直人は苦笑混じりにそれを否定した。
「……いいや」
「よかった……」
安心して、未緒は息をつく。
「でも……元はといえば、あなたが娘をつくろうなんて考えなければよかったのよね」
「それを言うな。生きていられる限り生きるのは、生まれた者の義務だ」
未緒はくすくす笑った。
その時、誰かがドアをノックする。
『準備が整いました』
ドアの向こうからのこもった声に、直人が応じた。
「すぐ行く」
『かしこまりました』
ドアの向こうの足音が遠ざかると、二人は視線を絡める。
「伊織……ううん、お父さん」
絡めた視線を引きはがし、未緒は父を見た。
「……お前には、俺の都合で迷惑ばかりかけてるな。本当に、済まないと思ってる……幸せに、なれよ」
未緒が微笑む。
「愛する人と結ばれて、その人の子供を宿して……もうこれ以上望めないくらい幸せよ」
「そうか……」
伊織が直人に対し、頭を下げた。
「……よろしく、頼む」
「不幸にしない事だけは、約束する」
伊織が微笑む。
「……行こうか」
「ええ」
直人が差し出した腕に、未緒は自分の手を添える。
そして二人は、ゆっくりと歩き始めた……。
〜FIN〜