恋心粋〜開花〜-1
男は嫌い。
寧ろ気持ち悪い。
胸がまだ膨らんでいない頃から、何故か好色の渦に巻き込まれたりした。
そのたびに男の強さ、怖さ、加減の無さを思い知る。
特に男性社会が色濃く残る能楽界において、女性の私は希有な存在だ。
祖父の七世・若月史郎に似たこの貌は、周囲の好奇を嫌でも集めてしまう。
芸能贔屓筋も含め、誰もが『あの花を手折ろう』と虎視眈眈。
冗談じゃない!
女なんて使い捨てだ。
(守れるのは自分しかいない…)
母の教えを心に、多少の護身術と言葉の悪さで自分を武装してきた。
伝統芸能と言えど、実質暮らし向きは豊かではない。出資者がいてこそ成り立つのだ。
だから…いつの日か高く売り込むために、自分は『商品』として徹するつもりだった。
処女は最高の付加価値。
それなのに、それなのに―――。
(仁忍の奴……!!)
「TVドラマ!?」
若月家の夕食の席で、弥花は兄・亜蓮の発言に見張った。
「うん、木曽義仲の時代劇。昨日、仁忍が来ただろう?」
なるほど。ドラマの話があった足で若月家に寄ったが、亜蓮は大学と通い稽古で不在。代わりに、私がとばっちりを食らった訳か。
「ふ〜〜ん…」
食事を終えた弥花は、お茶の入った湯呑を手に、ぼんやりと飲む。
「あれっ?弥花、聞いてなかった?」
「別に、何も」
「じゃあ、何やっていたんだよ?」
亜蓮の言葉に、家族の目が弥花に一斉集中する。
疾しさに、顔と腹の底がぽっと熱くなる。
気取られぬよう必死で、弥花は憮然と呟く。
「いつものことよ。ぎゃあぎゃあ喚いて、買物して、御飯食べただけ」
呆れたように亜蓮は笑う。
「相変わらずだな、お前らは…」
「ふん、いいじゃん!」
まさかSEXしていました、なんて言えない。昔から仁忍とは喧嘩紛いをしてきたんだ。そう思わせよう、うん。
「まぁ、いいさ。それで撮影があるから、東京・京都・N県を行ったり来たりするんだ。だから弥花、今度の舞台…シテをやれ」
「えっ!?」
「ん、それが良いな」
祖父・史郎も賛同。
「何言ってんのよ!お兄ちゃん目当てのお客も多いのよ?」
「弥花もだって。稽古する時間もないから、仕舞や地謡で出る。それでいいだろう?」
亜蓮の道理に、渋々弥花は承知する。
確かに、仕舞などや去年からは能曲の解説で舞台に立って以来、客足が増えてきた。
シテは主役で面を付けるため判らないが、素顔の弥花が舞台に出るだけで客席が色めく。
女流能楽師が珍しいのだろう。
しかし、それは逆に新たな秋波を増やすばかり。
前回の舞台だって、そう。今まで長かった髪を切る起因になったのを…。
ああ、思い出すだけでもおぞましい。