揺れる-5
あたしの足は昨日の道筋をきちんと覚えていて。黒板のような看板が、昨日と同じ場所に立てかけられているのを見つけると、今日はその脇にある階段に躊躇うことなく足をかけた。
観葉植物も同じたたずまいでそこにいて。心の中で元気だった?とあいさつをしてから、木製の扉を開く。
「こんにちは」
昨日と同じ受付嬢があたしを出迎えてくれる。今日は白いシャツに桜色のカーディガンだ。今日の方が、彼女の柔らかい感じによく似合っていると思う。
彼女に軽く会釈をしてその前を通り過ぎると、あの写真の所まで一直線に向かった。
窓の外では、半日ぶりに雲間から太陽が顔を覗かしていて。ちょうどそこにだけ日差しが差し込んでいるその場所に、ヤマギシは立っていた。
昨日と変わらないそのたたずまいに、あたしは軽い既視感を覚える。
「遠藤くん」
気がついたら、口から言葉が飛び出していた。男は写真から目を離すとこちらを振り返る。
「…ハルカさん?」
はるか。
そう、私の名前は中山遥だった。
ヤマギシの驚いた顔が視界の隅に映り、世界は暗闇へとあたしを連れて行った。
「遥、」
「なぁに?」
「今度2人で出かけないか?」
春を知らせる気持ちの良い風が病棟の間を通りぬける。
「君の写真をもっとたくさん撮りたいんだ。」
「…それだけ?」
「君ともっと一緒にいたいんだ。」
「いいわよ。」
でもあなたはここに来なかった。ずっと待っていたのに。新しいワンピースを着て待っていたのに。
1983年5月×日天気は快晴。病院から許可をもらって、私はあの写真を撮った丘の上であなたを待っていた。見晴らしのいい丘の上からは近くの海岸の様子がよく見えて。思わずうっとりと見とれてしまうほどキレイだったわ。
子供を連れたお母さんが、海岸線で水遊びしているのが見える。当たり前の日常。久しぶりに見たここの景色に、私は無理を言って許可を出してもらったことに感謝したの。
太陽が真上に上るころ、海岸の端の方からあなたがやってくるのが見えた。私の鼓動は高鳴ったわ。だってあなたに早く会いたかったから。会って早く感想を聞きたかったの。この白いワンピースどうかしら?って。
あなたは私に気づいたようで、私に向かって軽く手を上げた。私は思わず駆け出して行きたい衝動に駆られたけれど、変なプライドが邪魔をしてそうできなかったの。私は軽く手を降ると、ここで待ってるという意味をこめて木陰に入った。まだ五月だと言っても紫外線は強いから。でもその時、
―世界が揺れた。
足元がぐらついて、私は立っていられなくなった。膝をついてじっとそれが通りすぎるのを待ったわ。どのくらい時間が経ったのかも自分では分からなかった。でも、高まった鼓動は収まってくれなくて。とても、とても苦しかった。
やっと揺れが収まると、あなたのことが心配で、いてもたってもいられなくなったの。さっきまであなたがいたはずの場所が見える場所まで這って行って砂浜を見下ろすと、あなたの姿が見えたわ。あなたも私を探していてくれたんでしょう?視線が絡み合った瞬間、あなたがホッとしたのが分かったの。