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揺れる
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揺れる-4

「イツカ」
「…山岸クン?」
「話したいことがあるんだ。」
「あたしには無いけど。」
「大事な話なんだ。」
「…ごめんなさい、急いでいるから。」
「イツカ」
「、それじゃ」
 12月の雨は寒い。そんな中、いつからあたしのことを待っていたのだろう。傘を差す手が赤くかじかんでいるのが視界に入った。
「今日、あの画廊で待ってる。」
 あたしの後ろからヤマギシの声が響く。通りすがる人たちが、好奇の目であたしたちを見た。
 あのヤマギシが人前で大きな声を出すなんて。人混みを嫌い、バスにもろくに乗れないヤマギシがそんなことをするなんて。学校に着いても、自分が見聞きしたことが信じられなかった。
 

「乙香ちゃん」
「高梨さん、おはよう。」
「…大丈夫?顔色悪いみたいだけど…」
「……そうかな。そんなことないよ?」
「そう?最近寒くなってきたし…しんどくなったら言ってね。」
 乙香ちゃんくらいなら、あたしでも運べるしさ。そう言ってあたしに微笑みかけてくれる綺麗な横顔に、しばらくの間みとれてしまう。
 外見が綺麗な人だと、心にも余裕ができるのかな。あたしなんて自分のことで精一杯で。人のことを気にかける気持ちなんて欠片もないのに。
「…ありがとう。」
 あたしもあなたみたいになれたらいいのに。
 午後の授業が始まっても、あたしの気分は上の空だった。あの画廊で、一人ヤマギシはあたしのことを待っているのだろうか。あの日の私のように―


「遠藤くん」
「こっちだよ、…ここ。」
「すぐ済む?日に焼けるから長居はしたくないな。」
「大丈夫、すぐ済むよ。それに少しくらい太陽に当たった方が健康にもいいさ。」
「ねぇ、これ…どうかな?」
「キミは何を着ても素敵だ。」
「………。」
「撮るよ?」
「え?」
カシャッ


 シャッターを切る音で目が覚めた。―と思ったら机の下に筆箱が落ちていて。さっき耳にしたのはきっとこの音だったのだろう。それを左手で拾うと、机の左端に置く。
 まだぼやけている頭を覚醒へと促す。
 あたしはいつもどおり、窓際の席に周りから少し距離を保って座っている。

 さっきまで見ていた青い空の代わりに視界に飛び込んできたのは、暗い雲の群れだった。どうやら雨は小降りになっているようだけれど、まだ外は寒そうだ。

 夢に出てきた男の顔を必死に思い出そうとするけれど、どうしても思い出すことが出来ない。でもあの人の腕の感触が私の右肩に残っていて。そこだけ熱を持ったように熱くなっているのが分かる。
 あの男は『えんどうはるひと』だったのだろうか。
 授業の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。机の上に出してあったものを鞄の中に詰め込むと、周りのみんなに声をかけてから教室を後にする。


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