刃に心《第9話・紅き月夜》-7
「あ、蘆屋大和…」
「ったく…旧姓言う癖、早く直せよな!」
そんなやり取りを見て、疾風は警戒心が解け、苦無を下ろした。
「あ〜あ、えらく派手に暴れたなコリャ…」
蘆屋マコトと名乗った女が辺りを見回して言った。
「処理班が必要だな。君達はここの生徒?」
コクリと頷く。
「まあ、明日には何事もなかったようになるから。大丈夫か?」
「あ、はい。楓は大丈夫?」
疾風は楓に向き直った。
「楓?」
「…うぁあああん」
楓は泣きながら疾風の身体に抱き付いた。
「ひっぐ…こ、怖かった…怖かったぁ…」
「楓…」
家を出る前のあの嘘泣きとは違う本物の涙。
「…もうあの妖怪はいないから。ほら、大丈夫だから」
疾風はそう言って楓の背をそっと撫でた。
「違う…ひっく…違う…のだ…疾風が…疾風が…殺されて……しまうと思って…それ…で…ひっぐ…うっ…うぅ…」
楓の目からは大粒の涙が溢れては頬を伝い、ポロポロと落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「助けてくれてありがとうございました」
疾風がそう言うと腕にしがみついたままの楓も無言で頭を下げた。
「いや、悪かったな…」
「いえ、大丈夫でしたから。まあ、死んでたら多少は恨んだかもしれませんけど」
「そうか。後、このことは…」
「分かってます。こちらもいろいろと負い目のある身ですし」
「理解が早くて助かるよ」
「それじゃあ」
「ああ」
疾風と楓はそう言って帰っていった。月の色は柔らかい白に変わっていた。
「何か…似てるな…」
その背中を見送りながら大和が呟いた。
「誰に?」
「俺に。何となくだけど」
「あ〜、確かにな。あの男の方、大和に似て鈍そうだ♪」
「なっ…」
「違うって言うのかよ?オレの気持ちに10年も気がつかなかったのは誰かなぁ?オレもそれなりアピールしてきたつもりなんだけど」
その言葉に大和が押されていると、マコトは大和の腕を抱き締めた。
「マコト…」
「へへっ♪久しぶりに大和に甘えたくなっちゃった♪だから…その今夜さぁ〜…いいだろ?早く帰ろうぜ♪」
「ったく…♪そうだな、帰ろう♪」
異種族の違いはあれど…
愛し、愛され…そうして二人で共に同じ道を歩んで行こうと…
そう誓ったその気持ちに違いなどなかった。
陰陽師とその式神は互いの温もりを感じながら疾風達とは逆の方向へ歩いていった。