School days 3.3-1
憂鬱な顔で宴は教室に入った。昨日のあの出来事…賢輔にどう接したらいいんだ
ろうと考え通しだったため、眠くて仕方ない。
席について賢輔の席に視線を向ける。宴の二列前の左隣の列。彼はまだ来ていな
い。いつも遅刻ギリギリか遅刻してくる彼。宴はハァとため息を漏らした。
「…んちゃん、宴ちゃん」
背後からの声にふと顔をあげる。周囲がみな自分を見ていた。
「どうしたんだ、青島。珍しいな?」
先生の声。どうやら朝の連絡会が始まっていたようだ。それに気付かないくらい
宴は深く眠っていたのである。
「すいません…」
詫びる宴の瞳に、一人だけ背を向けている者が目に入った。賢輔だ。彼はいつも
ほかのことに無関心なのだ。彼の態度に日常と変わっているところはなかった。
「宴ちゃんごめんね」
休み時間に数人の女子が宴の傍にやってきて言った。宴は訳が分からず首を傾げる。
「昨日一人で準備頑張ったんでしょう?だから眠いんだよね…」
「ううん、違うの。昨日考え事してて眠れなかっただけだから…」
言いながら自然に賢輔に視線がいく。窓際の席の彼は、ぼうっと外を眺めていた。
(やっぱりいつも通りなんだ…あの言葉は嘘だったんだよね)
放課後だ。決まりきったメンバーが残る。
「あと本番まで五日だよ、スピードあげて頑張ろうね」
宴の声に返ってくる返事。元気がなかったり、やる気がなかったり。でも残って
くれるだけで感謝だ。
「俺は何をすればいい?」
扉が開いて一人の男子が顔を出した。クラスみんながぎょっとする。
「…近藤くん…」
宴がぽかんと口を開けた。賢輔が寄ってくる。
「おい、俺は?」
皆が怯えた目をする。
「えっと、じゃぁ…」
周りを見渡す宴。全員が『ここはやめてくれ』と目で訴えかけていた。
「私とダンボール集めに…」
周囲から緊張がなくなる。溜息がいくつも聞こえた気がした。
二人で外に出る。風が冷たい。
「ひゃ〜寒いっ」
宴はマフラーに首を埋めた。賢輔はというと、制服だけである。
「近藤くん寒くない?防寒具何もつけて…あ、私が昨日借りちゃったから…」
はっと宴が気付いたときには遅かった。気まずい空気が流れる。
「…あいつに言わなかったのか?俺にヤられたって…」
先に賢輔が口を開いた。
「あいつ…?」
「桜木だよ」
ああと宴が声をあげる。
「そんなこと言わないよ」
「言ったらあいつと付き合っていられなくなるからか…?」
賢輔が俯いて言った。
「…」
黙ったまま宴も俯く。
「あははははっ、ひー腹いてぇっ」
突然賢輔が笑い出した。宴は訳が分からず賢輔を見つめる。
「何、お前もしかして本気にしてんの?俺がお前を好きだって?」
お腹を摩りながら賢輔は言った。
「嘘に決まってんだろ。からかっただけだぜ」
「わ、分かってるよ…」
宴は膨れて足を速める。
(嘘ならどんなにいいか…)
その後姿を見つめながら賢輔は思う。
悩んだ顔見せるから
本当だなんて言えなかったんだよ…
昨日、嬉しすぎて寝れなかったんだ
宴をこの手で抱けるなんて
まるで俺には夢のようだったから…
「今日は結構進んだね」
帰宅を告げる音楽を背に、友人が言った。
「それにしても近藤くん、何で突然来たんだろね?」
「ね」
話に相槌を打ちながらも、宴は別のことを考えていた。
『嘘に決まってんだろ』彼はそう笑った。彼はそういう人だ。分かってる。…でも…。
本当に嘘なの?
あの言葉も瞳も、嘘だというの?
あのキスだって、愛撫だって…
私を、呼んだ声だって…