■LOVE PHANTOM■六章■-2
時計の針は十一時を指している。今日の講義は一つで終わり、二人はいつも通り
(幸子への詫びもかねて)「OZ」で、午後の有意義な時間を満喫していた。
外は、今朝の気温とほとんど変わらず、冷たい風が音を立て、吹き荒れている。
夕方には、初雪が降るとも天気予報で言っていた。
二人は窓際の席に座っていた。
時折強い風が窓を叩き、その度に靜里は外へと目をやった。曇っている窓から見える景色は、確かな冬の訪れを教えてくれる。
靜里は目を細めた。
「・・・で何よ。話って」
運ばれてきたナタデココプリンを、スプーンで崩しながら幸子が言った。
「あのね、すごく言いにくいんだけど」
改まったような顔をし、肩をすくめながら靜里は俯いた。よほど言いにくいことらしい。 幸子はプリンから靜里へ視線を移し、
「言いにくいなら言わなくていいよ」
投げやりに言う。
それを聞いた靜里は、鼻をくすんとすすると顔を上げ、幸子を見つめ、
「あ・・・あのね」
顔を真っ赤にしながら、
「やっぱり駄目だ。言えない」
再び頭が沈む。
「まったく・・何なのよ。私と靜里の仲じゃない。そんなに堅くならないでさぁ、パァと言っちゃいなよ」
そう言うと幸子は、食べ終わったナタデココプリンの皿を端へよせ、レモンのクッキーをほお張りながら、レモンティーをすする。
一呼吸おいた後、靜里は居心地悪そうな顔で、独り言のように喋りだした。
「わ、私さ、今まで人に好かれることだけを望んで、自分で人を好きになることなんてなかったでしょ。でもね・・・叶を見ていて思ったの。人を好きだって愛してるって言える人はいいなって・・・。本当はね、叶のことあったその日から好きだったの。本当だよ。運命っていうんだろうなこういうの」
耳たぶの先まで真っ赤にしながら話す靜里を、幸子はただ見ていた。自分のことを余り喋りたがらない靜里が、今、こうして話ていることが珍しかったのだ。
「だけど彼が私を思っていると言っても、それはご先祖様の想いが遺伝されものだと思ったから、だから叶を敬遠していたのかもしれない。自分の心を無視してね・・・」
靜里は腰を浮かせ、今にも幸子に食いかかりそうなほど、身を乗り出し、幸子に顔を近づける。
「でもそれって、自分の心を粗末にしているんじゃないかって思ったの。だから今度は私が愛してみようと思う。叶自身が私を愛していなくてもいい、だったら今は片思いでいて・・・いつか彼を振り向かせればいいと思った。そんな努力が私には必要なの」
「靜里・・・あんた」
幸子は呆然と靜里の顔を見ている。
「愛されたがりじゃなくて・・・・愛したがりになりたい」
目を細め。真っ赤な顔をしながら、靜里は屈託のない笑顔を浮かべた。それは、どこまでも純粋な、赤ん坊のそれとよく似ている。
そんな彼女を目の前に、幸子は口をポカンと半開きにしたまま動かない。
「それでね、これは二人で決めたんだけど」
付け足すように靜里が言う。
幸子は、たった今、目を覚ましたような顔をし「んっ」と口を綴じると、「な、何?」
と聞いた。
靜里は二三度咳払いをした後で、小さく息を吸う。
「どうしたのここまで言ったんだから、最後まで言っちゃいなよ」
笑いながら、幸子はぬるくなったレモンティーをすする。