アッチでコッチでどっちのめぐみクン-9
……………
「恵クン、一緒に帰ろ〜」
放課後の教室、帰り仕度を終えた恵にいつものように葵が声をかける。
「あ、うん」
葵の声を聞いた恵が、足早に声の方へと向かった。
「……」
そこから少し離れた席では、哲太が二人の会話に耳を澄ませていた。
「今日はどうする?」
「え?」
「だから、恵クンを男らしくするための特訓」
「……特訓って……」
「ちょっと待てよ」
突然哲太が近寄ってきて、二人の会話に割り込んだ。
葵は哲太を振り返ると、いきなり目つきを鋭くする。
「何の用よ? 大した用じゃないなら恵クンに近寄らないでよね」
哲太は葵の威嚇を無視して恵に話しかける。
「お前、男らしくなりたいのか?」
「う、うん」
恵は屋上での告白の時以来になる哲太との会話に、少し腰が退ける。
「……そうか。なら、その特訓に俺も協力してやる!」
「えっ!?」
「なっ、何言ってんのよ! あんたの協力なんかいらないわよ!」
特訓の実体を知らない哲太の申し出を、葵は顔を真っ赤にして拒否する。
「て、哲ちゃんには悪いけど、協力してもらいたいことなんてないから……」
続けて恵も慌てた調子で哲太の申し出を断る。
「……頼む! 恵、協力させてくれ!」
「い、いや、でもね……」
「あんたに協力してもらうことなんか何も無いのっ! 恵クン、行こう!」
それだけ言うと、葵は恵の腕を引っ張ってすたすたと教室をあとにした。
「ちょ、ちょっと待てよっ!」
哲太も慌ててカバンを取って二人を追いかける。
「なぁ、俺の話を聞けって」
「あんたの話なんか聞きたくないわよ!」
校外に出てからもしつこくすがりついてくる哲太に、葵は半ばキレかけている。
「いや、恵だけでもいいから……」
「そんなの余計ダメ! あんたみたいな有害な奴を相手に恵クン一人になんかできないわ!」
「だから、そういうんじゃねぇんだって!」
哲太が小走りで、恵を引きずるように歩いている葵の前に立ちふさがる。
「……邪魔なんだけど」
「……俺に恵を諦めさせてほしいんだよ……」
「……本気で言ってる?」
「……俺は男で、女の方が好きで……でも恵も男で、お前がいて……だったら、諦めるしかないじゃねぇかよ……」
「……わかってんじゃない」
「……でも、今のままじゃ駄目なんだよ。恵より可愛く思える女の子なんかどこにもいやしねえ!」
「……それで?」
「……だから、恵がもし男らしくなったら……俺は女の子の方が本当は好きなんだから……恵のこと、諦められるんじゃないかって思うんだよ……」
「……そうかしらね」
「……そう思うしかねぇじゃねえか」
そこまで話すと哲太も葵も黙り込んでしまった。
恵はこの状況は自分に責任があると思いながらも、言うべき言葉を見つけられず二人と同様に何も言えずにいた。