アッチでコッチでどっちのめぐみクン-35
……………
「美味しかったね〜、めぐみクン」
出されたディナーを食べてから再び部屋に戻ってきためぐみと葵は、満腹のおなかを軽くさすりながら、さっきまで食べていた豪華な料理の話を始める。
「うん。初めて見た料理ばっかりだったけど、すごく美味しかった」
「あたし、この国に来て初めていいことがあったような気がするわ」
「……それにしても、哲ちゃん、変だったね」
めぐみは、食事の際に同席した哲太の様子が少し変だったことに話題を移す。
「あのアホは普段から変だけどね。でも確かに、さっきは輪をかけて変だったわね」
「何かあったのかな?」
「さあ? 自分だけ王子との会談に呼ばれなかったのをすねてるんじゃない?」
「……そうなのかな?」
「わかんないけど……ま、どうでもいいじゃない」
葵は心の底からどうでもよさげに哲太の話題をそう締めくくった。
……………
めぐみと葵、それに哲太がそれぞれの部屋に戻ってから数時間後、シープはワゴンを押しながら城の廊下を歩いていた。
しばらくすると、人影の一団と出くわす。
その中央に陣取って歩く人物を見て、シープは驚きの声をあげた。
「あ、アーリストン王!? お気分はもうよろしいのですか?」
シープは頭を下げながら、少し驚いた声で話しかける。
「……メイド長シープか。もう大丈夫だ。こうやって夜の城内を散歩しているぐらいだからな」
豪華といえば豪華な重量感溢れる衣装に身を包んだアーリストン王は、シープを嫌悪感をあらわにして見ると、そう答える。王の前後には黒髪にどんぐり眼の少女、金髪で軽薄そうな青年、その他にシープの記憶にない顔の一般兵が二人、それぞれ腰に剣をぶら下げて付き添っていた。
「それはよろしゅうございました。あのような事件は早く忘れてしまうに限ります」
「わかっておる……ところで、お前は王子とまだつき合っているのか?」
「はい。ご存知の通り、お付き合いさせてもらってます」
「……私は王子とお前の仲には反対でな……お前はどこか信用ならんところがある。王子の嫁にはさせられん」
「!?」
王の言葉に、シープは驚いて顔を上げそうになる。
「……以前は本人の意志に任せるとおっしゃられていたと王子からうかがってますが……」
「……気が変わったのだ。王子の嫁にはもっとふさわしい者がいる」
「……そうですか……承知しました。王子のことは諦めます……王子には私がそう言っていたとお伝えください」
シープが大して落ち込んだ様子もなしにそう答える。
「う、うむ。伝えておこう。そ、それではな」
あまりにもあっさりと了承したシープの態度にアーリストン王はやや困惑した表情を浮かべながら、周りを囲む者達と一緒にその場を立ち去った。
「……人間ってショックなことがあると、あんなにも性格が変わるものなのかしら? あれじゃまるで自殺したのは王様の方だったみたいじゃない」
シープは数日ぶりに会った王のあまりの変わりぶりに驚き、小さくなっていく一団の姿をしばらく見つめていた。
「ま、いいわ。あたしの標的はもう王子じゃないし」
そうつぶやくと、シープは再びワゴンを押し始める。
その頃、めぐみと葵はさっき読めなかった本を再び引っ張り出して、再度勘に任せた翻訳を続けていた。
コンコン
二人の耳に、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「はい、なんですかぁ?」
葵がドアの外に聞こえるように大声で答えた。
すると、ゆっくりドアが開き、ポットが一つにカップが三つ、それにお菓子がたくさん乗った皿を乗せたワゴンを押しながら、シープが部屋の中へと入ってきた。
「お客様、お飲物とお菓子はいかがですか?」
第10話 おわり