アッチでコッチでどっちのめぐみクン-3
店を出て葵と別れると、恵はそのまま家路についた。
自宅へ向かって歩く恵の口からは、何度も何度もため息が出てきてしまう。
……まさか、哲ちゃんからも告白されるなんて……
恵は幼少時から目立って可愛かったおかげで、女の子ばかりでなく男の子からの告白も過去に数回経験があった。
それでもずっと親友としてつき合ってきた『山森哲太』にまで告白されたことは恵に大きなショックを与えた。
女の子以上にひ弱な自分を哲太はちゃんと男として扱ってくれている。それは自分を男らしいと思えない恵にとっては心の拠り所であったのが、今日の告白によって根底から崩されてしまったのである。
そのことが恵に何度もため息を吐かせていた。
そして恵のため息は自宅に近づくたび、家で待つ家族のことが頭に思い浮かぶたびに深くなっていくのであった。
「ただいま〜」
自宅に帰り着いた恵が玄関のドアを開けて力のない挨拶をする。
すると台所の奥の方から、おかえり〜という声が返ってきた。恵はその声を聞いて再び大きなため息を吐いた。
「遅かったわねぇ、お母さんももう帰って来てるわよ。もうすぐ晩ご飯だからさっさと着替えてらっしゃい」
「はぁい」
恵は台所に向けて弱々しく返事をすると、玄関のすぐ脇にある階段を登って自分の部屋に戻り、制服から私服へと着替える。
着替えが終わると、恵は重い足取りで階段を降りて茶の間のテーブルの前までやって来る。
すると茶の間の椅子に座って夕刊を読んでいたがっちりとした体格の人物が、新聞を畳んで話しかけてきた。
「恵、おかえり」
「ただいま……お母さん」
恵の挨拶を受けて、恵の母親が日焼けした顔に白い歯を光らせて微笑み返す。その四十間近とは思えない爽やかな風貌には、男前という言葉が非常に似合う。
「今日はやけに帰りが遅かったな」
「うん、葵ちゃんとバーガーショップに寄り道してきたから」
「あら、じゃあ恵はおなかいっぱいなの?」
台所から茶の間のテーブルにおかずののった皿を運んできた人物が寂しそうな顔をする。
「ううん、ボクは飲物頼んだだけだから」
「父さん、そんな心配はいらないよ。恵だって父さんの料理が一番美味しいってわかっているよ」
「そ、そう?」
恵の母親の励ましに、長いまつ毛に憂いをのぞかせていた父親の顔がぱあっと明るくなる。恵の父親のしょげた顔も色気があって魅力的なのだが、微笑んだ時の表情は、周囲の者まで明るくさせてくれるほどの華やかさがあった。
恵は基本的にこの父親に似ている。
恵の父親が手際よくテーブルの上に食事を並べていく。
「では、いただきます」
その言葉を合図に、おかずを最も多く盛られた母親が食事を次々と口の中へと放りこむ。
その両脇では恵とその父親がゆっくりと目の前の物を口に運んでいた。
出された食事を勢いよくたいらげていた母親が一息つけて家族に話しかけてきた。
「やっぱり、父さんの料理は最高だな。これだけ美味しければ、明日も一生懸命働こうって気になるってもんだ」
「ふふ、ありがとう」
「恵だって、父さんの料理が一番美味しいと思うだろ?」
「……うん」
恵は実際美味しいことに、なんとなくがっかりしながらうなずいた。
……やっぱり、遺伝かなぁ……
恵は目の前で食事を採る、たくましい母親とはかなげな父親の姿を見比べて、本日何度目かの大きなため息を吐き出した。
「なんだ? ため息なんかついて。もう腹いっぱいになったのか?」
「なんでもないよ。ちょっと一息ついただけ」
恵は気を取り直して自分の分の皿へと箸を伸ばした。
食事が終わると、恵は後片付けをする父親を手伝った。
二人の慣れた手つきが手際よく食器を片付けていく。
それはいつもと変わらない藤沢家の風景だった。
第1話 おわり