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星宿
【その他 恋愛小説】

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星宿 一章-1

 あの日、腕の中でポロポロと涙を流す彼女の体は冷たくて、優作はきつく抱きしめた。
「女なんかめんどくさい」
 いつもそう言っていたはずなのに。
 自分の変化に優作は困惑しながらも、心は暖かかった。


 でも今は、その想いも行き場所がなくて、宙に浮いたままになっている。
 もう彼女には二度と会えないのだろうか……



星宿(ホシヤド)第一章
『流転の人』



 はじまりは、紅葉が始まる直前の季節。
 雲ひとつない晴天のその日、優作は朝からうんざりしていた。中学時代からの腐れ縁である手嶋陽一が部屋に押しかけ、優作にとっては無茶なことを突然言い出したのである。

「なぁ。頼むよ、マジで。俺、本気なんだって。敦子と付き合ってやってくれよ」
「だから、なんでぼくが敦子と付き合わなくちゃいけないんだよ?」
「さっきから言ってるだろ。敦子はおまえが好きなんだよ。おまえだって知らないわけじゃないだろ?」

 優作はため息をついた。陽一の話は明確だ。ただ必死に、敦子と付き合ってくれと優作の肩を揺さぶり続ける。優作が断っても、それは同じだった。優作は、困り果てていた。
 その優作が座っているすぐ横に、旅行用のバックが置いてあった。もう予定の時間はとっくに過ぎている。優作は、なんとか陽一から逃げ出せないだろうかと思った。
「そんなに好きなら、陽一が付き合えばいいだろ。僕は敦子に恋愛感情は持てないよ」
「敦子に、ではないだろ。おまえが恋愛感情をもてないのは。誰にだってそうなんだ」
 たしかに陽一の言うとおりだった。いままで優作が生きてきた二十一年間、恋というものをしたことがない。

「敦子はとくに、なんだ。陽一も昔はよく言っていたじゃないか。敦子は女じゃない、て」
「昔は昔だ。いつまでも子供じゃない。俺も敦子も、それにおまえも。今まで誰にも恋をしていないんなら、ためしに敦子と付き合ってみろよ」

 しまった、と優作は思った。逃げるどころか、かえって陽一を熱くさせてしまったようだった。陽一から熱心に勧められると、かえって逃げたくなる。口論しても無駄なことだ。

「彼女なら、いたよ、高校時代に。もう女はこりごりだよ。僕、あのときひどい目にあったんだ。敦子もきっと付き合ったとたんに面倒な女になる。敦子とは気まずくなりたくないんだ。だから、悪いけど、僕は敦子とは付き合わないよ」
 そう言うと、優作は脇に置いてある旅行用のバックを持って立ち上がった。

「待てよ、優作。話はまだ……」
「続きは旅行から帰ってからにしてくれよ。でも、僕の気持ちは変わらないから、そのつもりで」
 陽一の言葉を遮り、吐き捨てるようにそういうと、優作は部屋を後にした。


 外に出た優作は、駅に向かって歩きだした。太陽はほぼ真上にある。優作は陽一を恨んだ。もっと早く電車に乗りたかったのに。通勤ラッシュが終わった直後の車内は、太陽の光が窓からさんさんと差し込む。その暖かな窓から、流れていく風景を眺めたいと思っていた。
 こんな風に捨て台詞を吐いて出てくるくらいなら、もっと早くにそうしていればよかった。後味が悪い。熱くなっている陽一につられて、つい、あしらってしまった。
 最寄の駅に着くころには、優作は後悔していた。


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