刃に心《第8話・開幕、是即開戦なり》-4
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舞台裏では衣装を着込んだ部員達でいっぱいだった。
「皆さん、ついに本番です。気を楽にしてやりましょうね♪」
着物姿の朧。その笑顔に部員達の、はいという声が重なる。
「では、いきましょう」
部員達が動いた。各自持ち場へと移動。
疾風も自分の出番が来るまでは舞台袖で待機することになっている。
全員の準備ができた。同時に会場で高らかにブザー音が響く。
幕が上がった。
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劇は順調に進んでいった。骸丸の生い立ちから始まり、姫君との恋を経て、物語は佳境へ。
そして、疾風の出番。
悪役に捕まった姫君を救出に向かう場面。
舞台袖から、石垣を模した大道具の上へと移動。
疾風はそっと客席を覗いた。見知った顔が中央付近にあった。
(大丈夫…落ち着け…)
楓達の顔を確認すると、疾風はできる限り、緊張を拭い去ろうと目を閉じた。
深く息を吸い込む。肺の隅々、身体の隅々まで酸素を行き渡らせる。
舞台が暗転した。目を閉じていてもわかった。
次に光が降りてきたときから疾風の演技が始まる。
(…やろう)
カッ、と舞台に光が降りた。
疾風は目を開け、高さ約4メートルの石垣から前方宙返りで舞台に降り立った。
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タンッと疾風が着地した。同時に客席では歓声が上がった。
「ようやく来たか…」
楓は思わず呟いた。幸い隣りの希早紀は舞台に気を取られていて気がついていないようだ。
奥の千夜子を見た。千夜子は身を乗り出すようにして疾風を見つめている。その顔はまるでアイドルのコンサートを見る少女の如く、うっとりとしていた。
楓はムッとなったが、すぐに諦めるようにして舞台に視線を戻した。
自分の頬も同じように緩んでいたから…
「御託はいらぬか」
舞台上では霞の口上が終わり、疾風が苦無を投げた。無論、本物嗜好の朧なので本番も玩具なのは腰に佩いた短刀だけである。
霞が苦無を取り出す。
疾風も同じ物を取り出した。
瞬時に間合いを詰める両者。霞が苦無を真っ直ぐに突き出す。
体を捌き、霞の懐に潜り込んだ疾風はその突き出た腕を掴み、背負い投げ。
投げられた霞の身体は体操部が青ざめる程軽やかにアーチを描き、衝撃を緩和。
休む間もなく、疾風が斬り込む。
緊迫した攻防だった。
事情を知らない観客には、二人が本当に命のやり取りをしているように見えただろう。
試合ではなく、死合。
現に事情を知っている、武慶や楓、千夜子の手にもじんわりとした汗が滲んでいた。